昨日は前世について書きました。
私が胡散臭いのは、分かりきった上でUPしました。
言っておきますが、宗教の勧誘ではありません。怖くて踏み込めないのであれば、それはご縁です。自分の怖い気持ちを尊重しましょう。
以前から精神病と精神世界の事を書いて、慎重に行動し社会への完全復帰を目指して来ました。
ただ私に起こっていることは、内側からの事も外で起こっていることも、不思議なことが多く、読んでいる方々今までもこれからもに誤解されないよう書いて行きたいと思っています。
今回は私の前世のことについて、書きたいと思っています。
だから私の内側のお話になります。
この力がつく前は普通の感覚で生活をしていました。
この感覚がついたのは、当時心身ともにハードな仕事と、40歳から久しぶりに始めた演劇活動、そしてそのほかいろいろなことが重なって、感情の器が壊れた状態と医者から言われました。
これは以前からブログでも書いてあります。
ただ自分を整理して行くうちに、母や家族から「言葉を発し始めた頃から、前の話をしてたよ」と言われました。
前の話とは前世のことです。
私は小さな頃から、内側にいる第三者と話していることも思い出しました。
もともとそういう体質だったのかもしれません。
ただいろんな事を体験して行くうちに、その力は封印され無くなっていきました。
話は元に戻りますが、感情の器が壊れる時、私は過去の辛い経験のフラッシュバックが何度も何度も私を襲いました。
特に今でも鮮明なのは、若い頃男性に殴られた時の記憶。
これは正常になった今でも心に残っています。
そのフラッシュバックが起きて、器が壊れた後から、違うフラッシュバックが起こりました。
見たことのない風景
感じたことのない感覚
山の上から見る黄金の麦畑。毛むくじゃらの大きな男性。暗い森の中で自分の走った時のような息の音。広い部屋で様々な人に囲まれてる風景。
どれも映像となって、過去のフラッシュバックと織り交ぜながら出てきました。
今ではもう過去のフラッシュバックは無いのですが、時折「無」を感じると、その後例えようもない感動が生まれ、その後にその見たこともない風景が何度も映像となって見えたりします。
人は悲しい事が起こったら、別の人格を作る事があると言われています。
ただどうでしょう。
私は今、とても幸せです。
様々な事を乗り越えて来ていると実感しています。
小さな頃からの出来事
見たことのない風景
私の想像力は私の考えをはるかに超えています。
ただ、この映像が生まれる前のものだとしたら、とても自分に広がりを感じました。
自分と自分とが繋がった時
私は精神世界の扉を開けたのであれば、これからの人生、とても豊かなものだと思います。
神さまは私たちに想像する力を与えてくださいました。
私たちをはるかに超えた想像力は、前世の記憶となって、いまの私たちを作っています。
自然を感じ全てを受け入れ、自分と繋がった時
きっと自分では想像がつかないようなことが、自分の内側で起こるのです。
神の恵みを。
感謝の意をこめて。