過去に拘りすぎると、前に進めなくなる。
加害者はそのこと全てを忘れて行ってしまうけど、被害者はその事をずっと忘れない。と言うか、忘れられない。
起こった事全てを、ネガティブに変えて、そこからきっと「念」の力で相手を殺すこともできるかもしれない。
「念で人を殺せると思ってるんだ私は」
仕事の仲間から、そう言われた時はピンと来なかったけれど、でも人の念じる力って相当強い。
いま思えば、離婚当時元夫がケガばかりしていたことを思い出して
「私のあんたキライ念が行っとったわ」
と思う私。
そう言う経験もあって、今更ながら「念」って、相当強いんだって思うのよね。
調べた訳じゃないから、わからないけれど
呪いや念は霊の力を強くするんだと思っているの。
霊はその人の感情に憑き、その呪いの気持ちを大きくさせると私は思っているわ。
その人の心が弱いと、その霊はその人にのりうつるようになるとも思っているの。
私の親族は霊感が強く、のりうつった経験がある人たちが多くて、それでいて私の母もおばあちゃんもひいおばあちゃんも「念」を送るのが相当強いと言われているの。
父は母の「念」の強さを本当に信じているわ。
だから私がこんな風になったのも、おかしくは無いのよね。
たくさんの霊が私に憑いた当時は、私は相当弱かった。
そして私の中に出ては入る霊達は、それぞれ自分の言いたい事しか言わない。
この一年、前に進むことばかり考えて来て、「霊」を「声」として病気として考えてきたけれど、今では病気の「声」、霊達の「声」の違いがわかって来たような気がするの。
過去に拘りすぎると、前に進めない。
起こったことを忘れないでいると、「念」を送るように、自分の思考から離れない。
私の目的は、幸せを感じて生きて行くこと。
どんな境遇でも幸せを感じていないと、幸せじゃないから。
幸せは自分の中にある。
そう
ありふれた毎日に身を委ね、幸せを感じて行く。
不器用にしか生きることが出来ない私は、幸せを掴んで行くより、幸せを握って行くような気がする。
「霊がやっていることは、一生懸命生きろっていう事だ」
必ず霊達は、そう確実に必ず私にメッセージを送って来る。
これは神さまからもらったメッセージだと思って。
たくさんの経験から学んだ、私のあふれる感情をどうやって使っていくか。
前に進むことを考えて。
自分が娘たちが、関わる人たちが幸せであるために。
「声」は神さまからもらった、溢れんばかりの両手一杯の贈り物。
こぼれないよう持っていなくちゃ。
前に進むために。
幸せの「念」を送れるように。
iPhoneからの投稿

