人生は片道切符しかない。
「やり直しはいくらでもきくよ」と色んな人に言われるけれど、今から結婚前の25歳に戻れる訳じゃないので、四十過ぎた今からやり直すことになる。
なので、どちらかと言えば
「やり直し」じゃなくて「乗り換え」と言った方がしっくり来る。
離婚した転職した、そういう人は人生の乗り換えだと思えば、なんだか一からスタートするうんざり感は無いと思うのよね。
でもって、もう戻れないから片道切符しかない。
とうとう精神科の先生から「枠の中でやるような演劇だったらしても良いよ」と言われた。
でも
「即興しか興味無いです」と言ったら「じゃあまだまだだね」と言われた。
ただただ自分を出して遊びたいだけなのだけど、先生から言わせるとそれがダメなんだとか。
でもって、その話を即興をやっている友達に言ったら
「私なんて自分をぜんぜん出したいと思わない、ねー」と複数単位で言われた。
・・・・・・そうとう悔しい。
と言うか、見学して見てますけど、やっててあなたたちの内側のべろんべろんしたやつが、即興でちらちら見えてますけど!
なんて思ったりする。
ちっ。
仕事でも何でも、自分をきちんと出さないと良い仕事は出来なくて、即興だってもその人が見えないといいシーンが生まれないと思うの。
自分の引き出しをきちんと持っていて、それをひとつひとつきちんと出せるから、即興出来るんであって、私は去年に全部出てとっちらかっちゃってるから、医者から止められてるんじゃないかと思ってる。
引き出し壊れちゃってるから、ただいま修復中なのですよ。
でもって裸。
きちんと直して、直した引き出しの中から、キラキラした自分を「ほうら、みてごらん」といつか友達に見せつけてやろう。
見学ばかりでやってないから、いくらでも言えるわよ。
ここまでドクターストップかけられたら、これはもはや即興にのめり込んでるんじゃなくて、執着があるんじゃないかと言われたけれど。
言っておくけど、私の執着半端無いわよ。
子育ての時は娘に相当執着していて、娘自ら
「おかーさんは私が小さいとき、私にちょー執着してたよねー」
と言うくらいだし。
オトコができたら、執着は半端ないと思うわ。
と言うより、愛のある行為にのめり込みたいくらいだわよ。
私のネクラをなぞって、いつもよしよしされたいわ。
そのためには何だってするかもしれないわよ。
16年間、自分を被せて隠し続けた反動は、自分の想像を遥かに超えて大きかったわ。
「おとーさんは相当大きなものを釣り上げたね」と娘に言われるくらい、変態を隠し続けて来たのよ。
自分でも苦笑いするほど、当時の夫の理想的な妻を演じてたような気もするわ。
そうすれば安定が約束されると思ってたから。
演じきれなかったと思うけど。
即興しか興味無いと言った私に、先生は「君はどうしても危険な方に行きたがるんだね」と演劇をオトコに喩えて言われた。
だから私はこう言ったの。
「だって、刺激的なんですもの」と。
人生は片道切符。
行き先はわからない。
切符に終着駅の名は書いてないから。
でも誰と乗るか、どう乗るか
楽しんでいくか、そうでないか
着いた駅でひとつひとつ、喜びを分かち合えるような人がいる電車。
そんな電車に乗りたいわ。
だから、楽しい自分をどんどん出さないと。
実はそこに執着している自分なのでした。
「やり直しはいくらでもきくよ」と色んな人に言われるけれど、今から結婚前の25歳に戻れる訳じゃないので、四十過ぎた今からやり直すことになる。
なので、どちらかと言えば
「やり直し」じゃなくて「乗り換え」と言った方がしっくり来る。
離婚した転職した、そういう人は人生の乗り換えだと思えば、なんだか一からスタートするうんざり感は無いと思うのよね。
でもって、もう戻れないから片道切符しかない。
とうとう精神科の先生から「枠の中でやるような演劇だったらしても良いよ」と言われた。
でも
「即興しか興味無いです」と言ったら「じゃあまだまだだね」と言われた。
ただただ自分を出して遊びたいだけなのだけど、先生から言わせるとそれがダメなんだとか。
でもって、その話を即興をやっている友達に言ったら
「私なんて自分をぜんぜん出したいと思わない、ねー」と複数単位で言われた。
・・・・・・そうとう悔しい。
と言うか、見学して見てますけど、やっててあなたたちの内側のべろんべろんしたやつが、即興でちらちら見えてますけど!
なんて思ったりする。
ちっ。
仕事でも何でも、自分をきちんと出さないと良い仕事は出来なくて、即興だってもその人が見えないといいシーンが生まれないと思うの。
自分の引き出しをきちんと持っていて、それをひとつひとつきちんと出せるから、即興出来るんであって、私は去年に全部出てとっちらかっちゃってるから、医者から止められてるんじゃないかと思ってる。
引き出し壊れちゃってるから、ただいま修復中なのですよ。
でもって裸。
きちんと直して、直した引き出しの中から、キラキラした自分を「ほうら、みてごらん」といつか友達に見せつけてやろう。
見学ばかりでやってないから、いくらでも言えるわよ。
ここまでドクターストップかけられたら、これはもはや即興にのめり込んでるんじゃなくて、執着があるんじゃないかと言われたけれど。
言っておくけど、私の執着半端無いわよ。
子育ての時は娘に相当執着していて、娘自ら
「おかーさんは私が小さいとき、私にちょー執着してたよねー」
と言うくらいだし。
オトコができたら、執着は半端ないと思うわ。
と言うより、愛のある行為にのめり込みたいくらいだわよ。
私のネクラをなぞって、いつもよしよしされたいわ。
そのためには何だってするかもしれないわよ。
16年間、自分を被せて隠し続けた反動は、自分の想像を遥かに超えて大きかったわ。
「おとーさんは相当大きなものを釣り上げたね」と娘に言われるくらい、変態を隠し続けて来たのよ。
自分でも苦笑いするほど、当時の夫の理想的な妻を演じてたような気もするわ。
そうすれば安定が約束されると思ってたから。
演じきれなかったと思うけど。
即興しか興味無いと言った私に、先生は「君はどうしても危険な方に行きたがるんだね」と演劇をオトコに喩えて言われた。
だから私はこう言ったの。
「だって、刺激的なんですもの」と。
人生は片道切符。
行き先はわからない。
切符に終着駅の名は書いてないから。
でも誰と乗るか、どう乗るか
楽しんでいくか、そうでないか
着いた駅でひとつひとつ、喜びを分かち合えるような人がいる電車。
そんな電車に乗りたいわ。
だから、楽しい自分をどんどん出さないと。
実はそこに執着している自分なのでした。