演劇やるときっと教わるんだろうね。


「サブテキスト」


私はちょっとしか演劇をしていないので、あまり詳しくわからないけれど、サブテキストってのは「言葉の裏側」で、例えば「あなたのこときらいっ」と言っても、その言葉の裏に「大好き」と言う感情が入っていたら、動きが変わってきたりや言葉に深みが出るとか。


言葉と思っていることとが違うってこと。
反対言葉じゃなくて。


そう言ったら、世の中はサブテキストだらけで、歳を取るとサブテキストが増えるような気がする。


私の言葉の裏側はいっぱいあるよ。



「がんばってね」


と言っても、心の中では「がんばれんのか、おい」と「がんばって欲しい」と「この人今日良い服着てるわ」と「今日の夕飯何すっかな」と「早く彼氏みつかんないかな」と「昨日娘とケンカした」


が「がんばってね」にぎゅっと詰まってる。

それはやり過ぎか。
間違ってるか。


誰かと話してて、どう思っているのか、感じているのか考えるけれど、今まで最高のサブテキストを感じたのは、洗面所に置いてあった一本の化粧水だろうか。もう言葉じゃないけど。


化粧水一本にすごい気迫を感じたよ。


「アタシ、つきあってんのよ」

とかとか。


当時彼には全く興味が無く、むしろその一年前に「ユー、モテちゃいなよ」と香水を彼にプレゼントしたので、願ったり叶ったりなんだけど。


それからやりたい放題の彼女と彼にはもう


「幸せに生きて欲しい」
「生きて生きて生き延びて欲しい」



ほんと。
もういいや。




「君は次にいい人が出来たときは、本当の感情をきちんと相手に出せるようにならないといけないよ」



と精神科の先生に言われたけれど、本当の感情を出すのって、特に好きになってしまった相手に出すのって難しくって、どうしても素直になれないから、相手を傷付けたりしてしまう。




自分や相手にとってどんな言葉をかけたらいいのかとか。
もっとわがままを聞いてもらいたいとか。
実は他に付き合っている女の人がいるんじゃないかとか。
忙しそうにしているけれど、身体大丈夫かしらとか。



ひとつひとつが邪魔をして、なんか上手く自分出せないのよね。


これからゆっくり自分を治していって、いつか素直になれる自分がいるといいな。


まずは胸の奥の恋のお相手に。
そのすこーし薄い頭に、いつか私の熱いクチビルをつけることが出来たら、どんなにすばらしいだろうか。
禿げてても好きになるようになるんだな。
私も歳取ったな。
ま、叶わないけど。



娘に「アンタとおかーさんと、どっちが早く彼が出来るか競争よ!」と言ったら、「それ絶対やめて、アタシほんとに彼がいなくて、マジやばいから」って言われた。


マジやばいのは、娘の日本語だ。
と思いながら笑っていたけれど、心の中では「おかーさんも相当やばいわよ」と思う私。


でも本気で争うとこなんざ、血は争えないわ。


日本語の使い方も親子ね。
母も相当間違えるわ。


自分を素直に出せて、相手を大事に思えるような出会いがあったら、きっと今よりもずっとずっと幸せに深みが増して行くんじゃないかしら。


娘よ、私はそう思うわ。


娘と夜遅くまで話し込む日々はまた幸せ。



今日もまた素直になれて、またとっても幸せな夜なのでした。