一人で暮らすようになってから、約1ヶ月が経つ
仕事も休み始めて2ヶ月近く、今月も休みが決まった。


今まで自分をたくさんたくさん責めたので
こういう所で、こんな事も書いてはいけないと思うのだけど

この歳になってもなお(いや、さらに)、たくさんたくさん泣いた。

私にたくさんの毒の言葉を吐く人に、思い切って私を責める言葉は言わないように、お願いをしてみたら、ますます毒の言葉が出て来たので、しばらく毒にやられてしまっていた。


あまりの毒の強さに、生きる希望も失いかけ、気がつけば身体にじんましんが出てた。


「声」には
「死ぬな、死ぬな」とたくさん言われた。


だから


自分を責めたくないし、とにかく笑顔でいるように心がけた。
信じる事が出来るところ、とにかく笑顔でいられるようなところにだけ、出かけるようにした。



用事があって、会社に少し顔を出した時、上司から
「自分を受け入れて、元気になって早く戻ってきて」と言われた。


気がつくといつもその上司から
「受け入れる」
と言う言葉を言われているのに気がついた。


「戻って来てね」と何人もの人に言われたときには、本当に嬉しかった。
たくさんの励ましの言葉が私を救ってくれた。


「声」の存在で私は

「とうとう自分はおかしくなった、私はもうまともな道を歩けない」と自分を責めていたので、本当に嬉しかった。


声は霊なんかでは無くて、今までの心的外傷から守るために、自分で創り上げたものなのか。。そんな事が頭を回っていた時に、前世の記憶を教えてもらった。

私にはまったく覚えが無いが、今の好きなこと嫌いなことの理由がピタリとはまる。


悲しくて自分を抑えた時の、あの必死になったときの感じは、産まれる前から何度も何度も繰り返し感じていたのか


息が自分の身体の中で大きく感じる、あの感じ
上手く説明できないけれど、強く強く感じる息

それは今でも私に残り、今も強く感じるときがある。


「私の事を分かって欲しい」


そう思えば思うほど、強く感じる。
だからそう思わないように、ずっと自分をごまかして生きて来た。


考えてみれば
私の事を分かっていなかったのは私自身


そんな事にも気がついた。


今は自分の本当に好きな時間が持てるようになって、素直に本当にやりたいことも出来るようになった。


自分からやりたいと言えるようになった。



話は少し飛ぶけれど


そう思えるようになって、
演劇のワークショップに行った時、台本を読んだ。

子どもの頃とは違う、台本に集中出来ている自分もいた。
本当に楽しかった。

帰り道
ワークショップの主催者から言われたのは

「君はたくさん良いものを持っているのに、自分でそれを全部石ころだと思っているよ」

と言われた。

考えてみたら、そう言うこと私も人に言っていたなぁ。
本当にみんなそうだったから。

でも、私に向けられた言葉は本当に嬉しくて
私も褒めて伸びるタイプなんだと実感した。


きっと私は、自分の奥に閉まっておいた
ルビーや、ダイヤモンドや、サファイヤみたいなピカピカの石を、本当に臆病な私はそのピカピカの石を落とさないように、大事に大事に持ち歩いていたんだ。

でも、そのときがきたら

ピッカピカの石をきちんと出せるような、そんな準備期間だと思おう。
石ころだと思っていたものは、きっとピカピカに光る石の原石だったんだと思おう。

その中でも一番光っている石はきっと

娘たち

これは大事に大事に持っておこう。