自分を出したくて、試行錯誤の上に始めたブログ。

等身大の自分と、自分がどうしたいか考えながら進んで行くには、ちょうど良い材料だったと思っています。

見られているかもしれない、返事も求めない感じ。

とにかくまっすぐな自分を出したかったのね。
でも、言えないこともあるのよね。


自分を出すことで、結局は「自分探し」になっていたと気付きました。

ほんとを隠していた私。
これだけでは無いと思うけれど、私の中では大きく隠していたのだと実感。

今まで何度も集中するねずみをやる事の先には、本当はやりたいことがあると書いていた私。
それが自分を隠していることに繋がりました。

私が本当にやりたかったこと。
この炎を消したので、何かは書きませんが

私は高校生の頃、芝居をする事に興味があって、観る事には全く興味がありませんでした。
でもとてもやりたかった。

演劇のクラスやダンススタジオなど見学に回って、高い授業料にうなだれて帰るなんて事を何度かやって、その後はスタジオの看板をぼんやり見て、少しずつやりたい事をあきらめて行った事を思い出しました。

そして、お金を貯めて勉強することに飛び込めない自分を責めていました。
楽に勉強できる所を探す自分を責めていました。

でもあきらめきれない自分が当時あって、見学の時にたまたまもらったテキストを何度も読んでは、どう集中できるか、子供なりに考えていました。

集中出来ない自分を責めていたし、集中すれば私は出来るんだと過信していたのかもしれません。
だから芝居を観なかった。
過信している自分も見たくなかった。

最近分かった自分のほんと。

目立ちたがり、愛されたがりなのに、いざ目立ってしまったりすると、急に怖くなってしまうわたし。
なぜ怖くなるかは、ほんとのわたしをみんなに知られたく無かったから。


ここまでくるのに、時間かかったなぁ。ほんと。

でもこの時の思いは、本当にわたしにとって深い深い悲しみだったんだとも気付いたの。

時間がかかったことで、たくさんの出会いもあって、いろんな事気付けたし、これで良かったんだと思うのね。

人を信じる事、人を愛する事、人に愛される事
大きくもない、小さくもない、こだわりすぎない。
等身大の自分で。

ずいぶんかかったよ。
でも気付けてよかった。

でもまだまだ

「自分探しの旅」

まだまだなのね。

でも、大きく分かったことで

今日は

旅立ちの日