木曜は娘の卒業式でした。
震災もあって、子どもたち、先生、来賓、保護者の気持ちがさらにいっぱい詰まった卒業式です。
2年前の長女の卒業式の時より、泣いていた子が多かったような気もします。
普段もらい泣きなんてしない次女が、初めて泣いていました。
校長先生や来賓の言葉もまた、いつもより強い感じもしました。
「助け合うと言うことは、人の痛みをわかること、そう言う気持ちが根を張って助け合うことにつながる」
とか
「有り難いと言う言葉は、難が有ると書く。困難を乗り越えて、そしてありがとうなんだと思う」
とか
それぞれの思いがぎっしり詰まっていました。
震災でたくさんの人の本当と守りたいもの、いろんな悪いことも見えましたが、私はあまり驚きません。
腹を立てる事もありません。
なにも感じません。
でも、ひとつだけ思うのは
今回たくさんのそれぞれの本当を見たときに、過去に人を傷つけてまで、目的を果たすため、自分を守るための人たちの顔を思い出します。
1年前からのフラッシュバックは、かなり立ち直って、相手の顔を思い出しても、もう何とも思わないのですが。。
過去ぎゅっと忘れたことを、いまようやく整理出来るようになり、いろいろな事があってもどうにか幸せになっている自分は、かなり強いなぁとやっと自分を認められるようになりました。
でもやっぱり心残りはあります。
それはやりたいことを、頑張るまでに至らなかった自分。
いろいろな事がありすぎて、ねずみに集中することさえも、拒否されてしまったように感じていた自分にも。
卒業式である人がこんな事を言っていました。
「やれる事を一生懸命やって、ちょっと頑張れば出来ることも一生懸命やっていけば、その先の大きなやりたいことの実現につながる」
と。
イチローの言葉だそうですが、いいこと言うなあ。
この歳になってやりたいことがみつかったわたし。
やれる事を一生懸命やって行けば、ちょっと頑張れば出来ることを一生懸命やって行けば、これからにつながるのか。。
仕事でたくさんの人の話を聞き、たくさんの人を励まして
遊びながら、ねずみになることで、その先のやりたいことを実現したいなぁと思うのでした。
悲しいことや楽しいこと、たくさんを経験して、私の小さな器に強さやしなやかさ、優しさを自分にたっぷり注ぎ、こぼれないように、少しずつそーっと歩こうと思うのでした。
実現できるといいなぁ。
震災もあって、子どもたち、先生、来賓、保護者の気持ちがさらにいっぱい詰まった卒業式です。
2年前の長女の卒業式の時より、泣いていた子が多かったような気もします。
普段もらい泣きなんてしない次女が、初めて泣いていました。
校長先生や来賓の言葉もまた、いつもより強い感じもしました。
「助け合うと言うことは、人の痛みをわかること、そう言う気持ちが根を張って助け合うことにつながる」
とか
「有り難いと言う言葉は、難が有ると書く。困難を乗り越えて、そしてありがとうなんだと思う」
とか
それぞれの思いがぎっしり詰まっていました。
震災でたくさんの人の本当と守りたいもの、いろんな悪いことも見えましたが、私はあまり驚きません。
腹を立てる事もありません。
なにも感じません。
でも、ひとつだけ思うのは
今回たくさんのそれぞれの本当を見たときに、過去に人を傷つけてまで、目的を果たすため、自分を守るための人たちの顔を思い出します。
1年前からのフラッシュバックは、かなり立ち直って、相手の顔を思い出しても、もう何とも思わないのですが。。
過去ぎゅっと忘れたことを、いまようやく整理出来るようになり、いろいろな事があってもどうにか幸せになっている自分は、かなり強いなぁとやっと自分を認められるようになりました。
でもやっぱり心残りはあります。
それはやりたいことを、頑張るまでに至らなかった自分。
いろいろな事がありすぎて、ねずみに集中することさえも、拒否されてしまったように感じていた自分にも。
卒業式である人がこんな事を言っていました。
「やれる事を一生懸命やって、ちょっと頑張れば出来ることも一生懸命やっていけば、その先の大きなやりたいことの実現につながる」
と。
イチローの言葉だそうですが、いいこと言うなあ。
この歳になってやりたいことがみつかったわたし。
やれる事を一生懸命やって行けば、ちょっと頑張れば出来ることを一生懸命やって行けば、これからにつながるのか。。
仕事でたくさんの人の話を聞き、たくさんの人を励まして
遊びながら、ねずみになることで、その先のやりたいことを実現したいなぁと思うのでした。
悲しいことや楽しいこと、たくさんを経験して、私の小さな器に強さやしなやかさ、優しさを自分にたっぷり注ぎ、こぼれないように、少しずつそーっと歩こうと思うのでした。
実現できるといいなぁ。