難しい内容ですがパッと思いついた例がこれもまた難解なものでした。

17年前、プロ格闘技イベントPRIDEの試合において、吉田秀彦さんとヴァンダレイ・シウバ選手の試合が行われました。ヴァンダレイ・シウバ選手はブラジルの格闘技者でバックボーンとなるファイトスタイルはムエタイです。ムエタイとはものすごく簡略化して言えばキックボクシングです。ヴァンダレイさんは寝技(特に下からの攻め)も出来たので単純に打撃だけの人ではありませんでした。

吉田秀彦さんは柔道家です。バルセロナ五輪で金メダリストになっています。世界選手権でも優勝していますので無差別級を除けば世界を2度制した選手です。無差別級では全日本で小川直也選手に勝ち、結果的には2位でしたが80キロ~90キロの体で130キロを制する柔道の達人と言って良いと思います。柔道選手引退後、プロのリングで活躍します。柔道衣を着たままグローブで殴り合うさまは当時、新鮮でした。また、柔道あがりでプロのリングで天下を取った選手はいませんので、特に「柔道選手は裸になると弱い」とか「パンチに弱い」といった『プロで通用しない印象』がありましたのでそれを破った貴重な選手です。(木村政彦さん、坂口征二さん、小川直也さんを見てわかるように、柔道家はプロのリングで弱いわけではありません。)

 

当時、人気絶頂だったプロレスラー桜庭和志さんがヴァンダレイ・シウバに勝てず、敗因は桜庭さんの疲労蓄積と、シウバ96キロ以上、桜庭さん88キロぐらいの両者比較における体重差ハンデがありましたので、約100キロあった吉田秀彦選手には打倒ヴァンダレイ・シウバの期待があり、否が応でもファンは盛り上がりました。

(当時ミドル級は93キロ契約。前日計量でパスすると試合当日に何キロオーバーしていてもOK。「10キロの体重差があれば別の競技」と言われていたプロ格闘技において、リアルファイトで桜庭さんとヴァンダレイ・シウバの対戦はちょっと常識外れです。ただしこれらの情報は当人に訊いたわけではありませんし、当人に訊いても「あの時どうだったか」は定かではないことのほうが多いものです。)

 

ヴァンダレイ・シウバと吉田秀彦さんが同じ98キロぐらいの体重として、減量して93キロ契約で試合し、両者万全の体調であれば、私の予想は「いい勝負」でした。ここは後で加筆します。

とても簡単に言ってしまえば、吉田さんがシウバを捕まえる前にいいパンチを受けちゃったら負け、反対に捕まえてしまえば簡単にテイクダウン(吉田さんがシウバを柔道の技術で投げること)でき、寝技で吉田さんが上になったら勝てるだろう、という予想でした。ここも加筆で述べます。

 

柔道着をまとった吉田秀彦さんは汗で滑りません。袖を使った投げ(両手の握力でグリップするだけではなく袖で相手の顔面をヘッドロックの要領で締め付けると外れずに腰に乗せることが出来ます)、袖を使った絞め技、下からの三角絞め、腕ひしぎ十字固め、足関節技、けっこう吉田さんに勝機があります。柔道で金メダルを取ることは大変なことです。気持ちも体力も怪物のはず。多少ムエタイの打撃で打たれても意識さえ失わなければ吉田さんがギブアップ(屈服すること、諦めること)は考えにくい。ただし捕まえるまでが苦労するだろうなー、スタミナ切れしたらきついよなー。でした。

 

希望は「キレイな勝ち方じゃなくてもいいから格好悪くてもいいので吉田さんに勝ってほしい」でしたね。ヴァンダレイには申し訳ないとは思いますけど会場のみんながそう思っていたと。

 

1ラウンド、開始早々、膝蹴りを受けながら簡単にヴァンダレイを捕まえ、双手刈りで持ち上げ、リングに寝かせて上のポジションを取る吉田秀彦。「うわー・・・すげえー」。解説の高田延彦さんが「よく吉田選手、上を取ったね」と。

しかしロープが邪魔したり、吉田さんのキメワザを研究していたヴァンダレイの必死の抵抗でなかなか絞め技がキマリません。

その後もスタンドでパンチの応酬をしつつ前に出て、シウバの首を捕まえたと同時に腰車・大腰で綺麗に投げ、簡単に袈裟固めで抑えてしまう吉田秀彦さんの岩のような強さ。ものの数分で私は狂喜乱舞していました。

1度ブレイクがかかってリング中央で横四方固めにシウバをガッチリ抑え込んだ吉田さんを見て「勝負あったな」と思いました。この状況から抜け出せる方法が見当たりませんから。

 

では本題です。

 

ヴァンダレイ・シウバはこの横四方固めをいとも簡単に外し、吉田選手を肩車のように持ち上げ、攻守逆転してしまいました。この時確信したことがあります。「この試合はこれ以降、ヴァンダレイ・シウバのペースで進む」と。

 

本当にシウバペースになり、ローを打っては離れ、打っては離れを繰り返され、吉田選手は判定負けをしました。(2005年、再戦がありましたがほぼ同じ展開でヴァンダレイ・シウバ選手が勝っています。)

 

友人とこの試合について話しましたが、自分が最も主張したのは「柔道金メダリストの抑え込みは、あんなに簡単に外れない。いや、柔道世界一ががっちり抑えたら、外されちゃ駄目だと思うんだよ」という、吉田選手の横四方固めのシーンです。しつこいほどこの一点を集中して喋ったと思います。

 

まあ、固執して述べた割に「嘘」ですよね。

リングの上は総合格闘技選手の土俵です。ヴァンダレイ・シウバが吉田選手の抑え込みを外せる要素はいくらでもあります。シウバが柔道着を着ていたら話は別ですが。

あの横四方固めは通常ハズレませんが総合ルールではギブアップを取らなければなりません。吉田さんは抑える力を弱まることを覚悟し、袖を使った絞め技に移行しようとしました。この瞬間、両腕のチカラはシウバに伝わっておらず、宙にあります。柔道で使う基本、体の浴びせ方がうまいとはいえ、シウバは抑え込みを外せたでしょう。私の「嘘」は私の強い夢「柔道で世界を取った人の抑え込みはハズレない」、これを通したことです。シウバが横四方を外せる要素があると充分に知っていて、嘘をつきました。

 

また、正直なところ、吉田さんとヴァンダレイ・シウバの試合に限らず、プロ格闘技の試合を「本当の勝負だ」と信じ切って見ていたわけではありません。八百長だとか台本があるという前提で見ていたわけでもないですが、全部が全部真剣勝負とは思っていませんでした。桜庭和志さんの試合も田村潔司さんの試合も小川直也さんの試合も全て「かも知れない」目で見ていたことは事実です。

 

プロレスと総合格闘技は別物と言われます。観ていて十数秒で「あ、これはプロレスだ」とわかります。ただ、プロレスであろうがプロ格闘技であろうが、自分にとってはどうでもいいことでした。桜庭和志さんがビクトー・ベウフォートに勝てば嬉しいし、田村潔司さんが大きなビターゼ・タリエルに勝てば嬉しいし、吉田秀彦さんがホイス・グレイシーに勝てば嬉しいし、小川直也さんが

いや、小川さんは柔道時代に強すぎて既に真剣勝負に疲れたような気がします。小川直也さんはプロレスラーでした。

 

重量級のプロ格闘技はどうしても無理を感じます。ハイキックや掌底打ちの指がもし目や喉にあたれば大変なことになるでしょう。格闘技として打投極を認め、真剣勝負としての試合が成立するかな?1試合ならOKでも1選手につき年間10試合も出来るかな?事故、怪我、疲労を考えたら、面白い試合や好勝負・よい試合は、数多くあればあるほど説得力が薄れます。あまり注目されていなかった頃のヴァンダレイ・シウバVSダン・ヘンダーソン戦なんか、よーく考えると凄まじいものです。あれは何故評価されなかったのでしょうか。

 

ロープブレイクありで秒殺試合は当初珍しく、本物を観たような気がしました。秒殺試合を最初に考えた人は賢いです。革命的でした。プロレスラーがプロレスをしていてプロレスに見えませんから。

あれが真剣勝負だったかどうかはわかりませんが、新日本プロレス、全日本プロレスの30分1本勝負・60分1本勝負を演っている選手に申し訳ないような省エネ感を覚えます。高いチケット代を払って見に来てくれたお客さんが満足すれば良い時代でした。

 

アンドレイ・コピィロフさんが秒殺で柔術世界王者に勝つことは嬉しいのですが、それイコール、今まで戦ってきた自分の試合を打ち消してしまうことにも繋がります。これを見た時、秒殺も考えものだなあと。

 

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長文になりそうです。

 

要約

 

自分は好きなモノに対して「嘘」をつくことはかなりの確率で多くあります。

好きなモノには自分だけの夢があり、理想があります。

ですから現実と理想があまりにかけ離れたとき、現実を無視して問答無用で理想を通し、「こういう裏があるとは考えられないか?」と、少し説得力があるもっともらしい説を持ってきて、「目で見たもの」を否定します。

 

本当のことは誰もわからないじゃないですか。

だったら嘘をついてでも夢を通したほうが精神衛生上、良い。

その嘘を嘘とは呼ばせませんよ。