試合で勝ちたいならという条件であれば、後の先を身につけるべきである。( ご の せん )
自分は競技柔道ではなく喧嘩で強くなりたかったため、後の先を無視した。喧嘩は柔道の技を待つ戦法が使えない。当時の自分には不要の原理だった。結果的に競技スポーツとしての柔道ではそれほど勝てなかった。昇段試験では幸運が味方して無敗、たまたま参段まで3回で取れたのである。
後の先とは
バレーボールでいえばブロック。
ボクシングでいえばカウンター。
野球なら、例えばベースよりに立って「インコースは窮屈で打てない自分」を見せておいてインコースに投げさせ、待ってましたと体を開いてオープンスタンスでインコースを狙い打ちする、いわば待ち伏せ戦法である。落合博満が「野茂英雄はフォークボールばかり。つまらん。真っ向勝負しようとする気概がない。オジン臭い」と言ってストレートを待ってホームランした例がある。
後の先は、
待っているのだが、ずっと待っているだけというわけではない。自分から「相手に仕掛けさせる餌をまく」のである。だから「後の先」、「後なんだけど先に仕掛けている」戦法。
バレーボールは始動がサーブ。展開によって攻守が変動する。後の先を攻守のどちらが狙っているのかわかりにくいが、一応、自チームがトスを上げてブロックのような積極的ブロックは出来ない。相手がアタックしてくるタイミングを読んでブロックする。これが後の先。アタックされたからブロックしているので、見た目は「後」なんだけど「先」。先に戦略ありで、狙って後に動くことを後の先という。
勿論、「ブロックしてくるとわかっている」ケースではアタックして、相手チームのブロックの指先にかすり当て、ワンタッチを狙う。これも後の先。
その逆で、ワンタッチを狙うということは故意にアウトになるアタックを打ってくるのだから、それを先読みしたブロック側が低く飛んだり手を避けたりして、ワンタッチせずにアウトにさせても、後の先である。先読みして狙う。
最もわかりやすいのがボクシング。
自分から強打を狙わずジャブで牽制、相手のストレートを待って、そのタイミングでワンテンポ早くストレートを放つ。威力は倍増する。カウンターは完全な「後の先」である。
柔道では返し技全般を「後の先」という。投げ技は、かけたほうの選手の体勢が崩れやすいため、返し技は比較的容易に一本を取りやすい。大外返し、内股すかし、小外掛けを内股で返すなど。
一本背負いを待って背後から絞め技を狙うのも後の先である。待ってましたという戦法。
実践的。双手背負い返し
双手背負いとは釣り手の肘が相手の脇に入る形の、両手で引き落とす背負い投げである。一本背負いよりも腰の位置が低い。襟背負いとも言う。
双手背負いで膝がつく、または低くしゃがみ込む背負いの場合、スピードはあるが転がすような投げ技になるため一本は取りにくい。ポイント狙いの選手、小内刈りとの変化で試合を組み立てる選手が得意にしている。
これを投げ技で返すのは難しい。腰の位置が低く、裏投げ、後ろ腰、移り腰に入りにくい。後ろについての捨て身小外もやりにくい。
投げで返すのではなく、相手の釣り手の肘を極める。
座り込むような背負いのため、自分が前方へ崩されなければ相手の引き手側に大きく移動出来る。右の背負いなら左にスライドするようにズレる。横移動すると背負いに入った相手の肘は脇から離れる。そのまま右手首を両手で掴んで十字固めに入り、肘を極めるのである。一発で一本取れる、後の先。
コツは一気に極めてしまうこと。瞬時に。ぐぐぐーっと徐々に、ではなく、ぐっと一気に極める。徐々に決めようとすると我慢されるが、瞬時に決めようとすると我慢しにくく一本を取れる。
現行ルールで立ち関節は全面的に禁止になったようなので、背負い返しの十字固めは相手を寝た姿勢にしてから関節技に入ることになる。ここはタイミングも問題だが、ルールでOKかどうか、慎重に勉強して欲しい。審判をやっている方に訊いてみるのが良い。国際大会で、袖釣り込み腰をかけられたほうが、釣られたほうの腕の肘を決められたとアピールし、かけた方の選手が反則負けになったケースがある。
返し技ばかりを狙っていると反則を取られるため、返し技が得意な選手に対し、返しにくい技をかけては離れることを続け、相手に反則が行くことを待つ戦法も、広義の「後の先」である。先にかけているので、後の先の、更に先。返し技を狙っていると先読みできているからこの戦略が可能である。返し技は一旦技を受け止める。しっかりと受けてから返す。相手が受けてくれるということは確実に技をかけることが出来る。そういう戦法。
試合観戦していてもわかりにくいが、返し技関連じゃなくても後の先はある。
人間は前進するとき、左の足が出たら次は必ず右足が出る。(柔道では継ぎ足という独特な歩行をするが、それでも同じことである)
必ず右足が出ることが事前にわかっているなら、そこへ罠をはれば後の先である。
出そうとした相手の右足が動いた瞬間に、自分の左の足裏でピタッと止めてしまう。すると上げようとした足が上がらないため、相手の体勢は前方に崩れる。崩れた相手の上体を両腕と体捌きでコントロールして回す。背から相手は倒れる。決まり技は単独の支え釣込み足だが、厳密にはこれも後の先である。罠をかけ、待って狙って「待ってました」で、かける技。自分の体を回し、右脚膝裏で同じことをすれば、体落とし。
上げようとした足が上がらない。
前に出そうとした足が出ない。
上がった足が畳につかない。
出して畳についた足を、思っていた以上に「あと少し」引き出される。
以上のとき、人は体勢が崩れる。
試合で勝ちたければ「後の先」は意識するべき。
自分がかけた技だけで投げようとすると、1つ1つの威力は強くはなるが、試合ではなかなか勝てない。
自分はバネがあった。内股で跳ねただけで相手は宙に浮いた。引き手も釣り手も遊んでいた(善用していないことを「あそぶ」という)。
自分は両腕で挟む力が強かった。一本背負いで肩を固定してしまえば前方回転の要領で投げることが出来た。一本背負いは容易だった。右内股と左一本背負いだけで充分。
自分は背筋力が220キロあった。双手刈りで持ち上げる(現行ルールでは反則)、脇を差して反り投げをする。簡単だった。後ろ腰、移り腰は返し技だが、自分からかけることも可能だった。
それでも後の先を徹底して嫌ったため、最初の一発が強いだけで、5分1本勝負で判定になると分が悪かった。逃げる相手を捕まえるまでが遅い。力に頼った柔道だ。たぶん勝率は5割ぐらいだと思う。30秒1本勝負のつもりで練習していたからだ。殺意を持って臨んだ試合では必ず勝ったが、そんな状況はそうそうない。
試合巧者になる、勝負強くなるなら、返し技を含めた後の先を覚えることである。
心を読む。こうすれば必ずこう動てくると知る。事前に知っていれば様々な投げ技をかけることが可能である。
寝技はじっくり覚えれば良い。投げは「どうして人は倒れるのか」を考えることである。
前後左右、斜め、八方全てに崩れない相手が唯一考えていない方向は「上に崩される」ことである。力さえあれば引き抜いて投げてしまえ。
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やっていない人は意外に感じるかも知れないが、柔道選手は打たれ強い。首が強いために顔面殴打で倒すことは難しい。柔道選手へ有効な打撃は下段蹴り(ローキック)、膝関節への前蹴りである。離れたところから踏み込んでローを打ち、また離れることを繰り返されると柔道は殆ど何もできない。何もできないが、ローだけで柔道選手を戦闘不能に追い込むには6分以上かかる。
空手と柔道どちらが強いかではなく、単純に喧嘩に強くなりたいなら柔道をやると強い。複数人相手であれば空手は素晴らしい護身術である。1対1なら柔道は強い。倒してから仕留めることを念頭に置いてある。また、万が一倒れても下から攻めること、守ることが出来る。それ以上に、倒れることに慣れているため慌てるということがない。喧嘩の決め技は全て寝技である。異論は認めない。空手をやっている人も相手を倒してから仕留めずに逃げるなら空手の立ち技で充分に事足りるが、仕留めるならサッカーボールキックしかないのでは。
倒れている相手の頭部を蹴ると立ち技と違って要らぬ怪我をする。カカトでの踏みつけのほうが負傷しない。
柔道が実践的な根拠は逮捕術に活かされていることである。
ただ、現行ルールの柔道は試合で勝者を決めるためのものであり、完全なスポーツ。
護身術、武道、格闘技だと思って柔道をやっている人は少ない。もしそういう考えで柔道をやっているならその考えを捨てるか、もしくは柔道の試合では弱くなる(負け続ける)ことを覚悟しなければならない。
柔道の試合はスポーツとして開催されている。そこに「武道として考えている柔道選手」が来ても、土俵が異なる。勝手が違うため、力の差がそうとうない限り勝てない。スポーツ柔道で勝つなら、「柔道はスポーツだ」と認めて練習するべきである。
スポーツ柔道しかやっていない人は(「しかやっていない」というとおかしな表現だが、こちらが本当にあるべき姿であり、真面目で、まともな人である)、柔道では強いが相手が柔道をしないなら、実はあまり役に立たない。お互いが柔道をやるという条件があって、そういう前提で効果を発揮できるのがスポーツ柔道である。喧嘩でスポーツ柔道が使い物にならないとは言わない。むしろ強いと思う。だが、喧嘩を想定して柔道をやっている人よりは喧嘩が下手だ。
柔道最大の弱点
それは柔道だけで勝負しようとする癖がついていることである。
若い自分はそれが嫌だった。空手をやっている人は恐れず迷わず前に出て、つかんだら正拳突きをしてくるが、柔道選手はつかんで殴ることはない。自分は顔面殴打あり、金的蹴りありで防御・対応しながら柔道を練習していたため、顔を守り急所を守るクラウチングスタイルの癖が抜けず、柔道競技者としては勝てなかった。
柔道最大の武器
崩し。
誰しもが、体勢を崩されたらパンチも蹴りも前進も後退も出来ない。
崩しこそ最強の武器である。
今はもう時代が違う。
喧嘩は強くなくて良い。
充分、生きていける。
柔道はスポーツだ。
武道でなくて良い。