「暮らしの障害」
義母が認知症になり
認知症に関する本を読み漁っていて
出会った言葉です。
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それまでに当たり前にできていた
「普通の暮らし」が
できなくなっていくのが
“認知症”
認知症は
“病”ではなくて “症状”
大切にしてきた暮らし
その暮らしが
同じように営めなくなっていく。
想像の力を発揮して
考えてみると・・・
その
心許ない気持ちが
悲しい気持ちが
心に溢れた。
物忘れは
正直、私だってある。
でも、それは
継続してはいない。
“今何をしようとしていたのか?”
が、継続しては分からなくなるとしたら⁈
それは、
どんな気持ちなんだろう?
例えば料理。
野菜を洗っていて
“あれ?何を作ろうと
思ってたんだろう⁈”
と、直前の思考を
常に忘れてしまっていたら⁈
料理はできない。
そうして
今までできていたことが
できなくなっていく。
日常の当たり前が
当たり前ではなくなる。
それは
どんなに不便で
絶望的な気持ちに
なることだろう。
でも、それが
一つではなくて・・
しかも
常にだったとしたら⁈
今の母を見ていても
何をしようとしていたのか⁈
どこに置いたのか⁈
分からないことが
継続して起こるために
気持ちが混乱してしまう。
最初は
小さな不安だったものが
どんどん大きくなり
常に不安な気持ちが
継続することで
大きな不安となり
不信・絶望に晒される。
あー
耐えるのは困難なのが
簡単に想像できる。
でも
周囲の接し方次第で
この障害の程度は
軽減できる。
のだそう。
それを次の機会に
書いてみますね。
最後まで読んでくださって
ありがとうございます♪




