昨日はシークレットライブにお越しいただきましたみなさまありがとうございました
そして、素晴らしい歌をお聞かせくださった劉さん本当にありがとうございました、懐かしい愛奴時代の曲も嬉しかったです
また、ボランティアでお手伝いくださったみなさま、ありがとうございました
狭い店内でご不自由をお掛けいたしました、行き届かないところもたくさんあったかと思いますm(__)m
また、次回の開催のお約束もいただきましたので、これに懲りず、ぜひまたご参加くださいね

・・・続き

横浜球場を満員にしたこの年・・・
この会場で発表した新曲も含めたアルバムを制作している最中の頃、田家秀樹氏によるインタビュー記事が出ました
初めて自分自身でプロデュースしたアルバムに対する姿勢が伺えます

『デビューの頃は、歌いたいという欲求が強かったんでしょうね。
歌を作るのに、苦しんだことは、なかったですから。
ただ、ファースト・アルバムを出してから、それまでのロックに抱いていた幻想はなくなりましたね。

売れたい、と思ったんだろうね。
それで作ったのが、2枚目だったり、3枚目、4枚目だったり。
その意味では揺れ動いている。
ファースト・アルバムを自分でアレンジしてみたけど、よくわからなかったわけ。
誰かキーマンを作ろうとした。
で、ある人に頼んだところ、その人がフリート・ウッド・マックを好きな人だったの。
でも、フリート・ウッド・マックって、音数、少ないでしょ。
日本のスタジオの技術じゃできないんだよね。
出来上った音はスカスカの音で。
オレは、あれができ上って3ヶ月間、泣いてたもの。(笑)

ホントにやめようと思ったことは何度もありますから。
4枚目までは、スタッフも僕もわからなくなってくる。
何をやっていいかわからないし。
4枚目までは習作だと思ってます。
贅沢な話だけどね(笑)できれば4枚とも廃盤にして欲しい(笑)

いつも、どっか違うという気がしてるのね。
作ってる時はそうじゃなくても、できてみると、あ、違うと思う。
話しててももどかしさってあるんですよ。
思ってることと違ってたりする。
曲書くのも一緒で、『君が人生の時…』から、やっと、思ってることと近くなった。
それまでは、タテにいったり、ヨコにいったり、でしたから(笑)

『マインドスクリーン』から『君が人生の時…』は、大きかったですね。
決定的になった。
俺は自分で詩を書かなきゃって。
人の言葉では歌えないよ、ステージで歌えない、のめりこめないって、わかった。
自分のことをシンガーだとは思わなかったし、ソングライターだと思ってた。
『君が人生の時…』は、自分で詩を作ろうって決めたんです。
でも、何を歌っていいかわからない。
自分のことを歌ってみるしかない。
で、やってみたら素直に作れたし、完成度もあって。
アレンジャーの水谷公生サンとのチームも、その時からだし。
それまでスタジオ・ミュージシャンと仕事するのが嫌で嫌で仕様がなかった。
『マインドスクリーン』まで、ミュージシャンと全くコミュニケーションとれなくてね。
つくづく思うね。『君が人生の時…』でデビューすれば、良かったって(笑)

夢っていうんじゃないかもしれない。
でもバンドもあるし、事務所もできたし、PAもある。
そういう意味では欲しかったものは物理的には手に入ったですね。
LPも50万枚は売れないけど、今やってる音楽で20万枚近く売れたり、横浜球場が満員になったりするわけだから。
でもね、その反面、もうひとつ、壁があるんですよ。
ここ2~3年、ある。
『HOME BOUND』作った時に一回破ったんですけど、ふたつめの壁が来てる気がしてますね。
やりたいことと、やってることのズレ。
居心地の悪さ、を感じますね。
その璧を破った時に、どういう形になるか、今は、わからない…

バンドともバラバラになった上で、まだ、僕にホレていてくれるなら、その上で一緒にやればいいし、青山(徹)にしても、今、レコーディングを一緒にやっていて、前より、いい関係になってる。
愛奴の時、あれで限界だったと思うんです。
彼に今、バンドをやろうっていえば、すぐにやると思う。
今のチームでやればここまでのことはできる。
でも、これ以上のことはできないというのも、見えたんです。

今、アルバムを作ってますけど、全部とっ払って考えてるんです。
今、自分が感じてる音と、感じてる言葉だけで作ってみよう。
そう努力しているんです。
人間としてもでき上ってきてるでしょ。
いろんなものが入ってるでしょ。
それが嫌なのね。
コード進行にしても、今までと違うコード進行にしよう、とか考えるでしょう。
でも、そんなことは考えないようにしたい。
英語が入ろうが、日本語が入ろうが、いいと思えば、いい。
1952年に生まれて、アメリカの音楽も聞いて、イギリスの音楽も、日本の歌謡曲も聞いて育ってきた僕が、今、何をいいと思えるか。
自分でアレンジもしてるし。
だから失敗するかも知れないね。
でも、もう一度、デビュー・アルバムを作るつもりでやってる。

半年後、くらいまで考えて一生懸命やればそれでいいと思ってるんだよね。
そういう仕事だし。
不動産業みたいに、年内はここまで収入を伸ばして、投資をして、という世界ではないでしょ。
3人で事務所を作ったけど、それが重荷になるのなら、やめた方がいい。
ロックやる時って、いろんなもの捨ててやったはずでしょ。
捨ててやったはずなのに、またいろんなものを抱えてさ、それで飛べなくなるんだったら、また捨てる作業をしなければいけないと思いますよ。
例えば、家が嫌で嫌で家出した少年が、一人になった時にさみしくなって女作って、家庭ができて、子供ができる。
家庭を捨てたはずなのに、一番嫌だった家庭を持って、それに縛られる。
一番まずいよね(笑)』

・・・続く


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