随分前のこと、お店に横浜スタジアムのコンサートが失敗だったと誤解なさっている方がいらして随分悲しい想いを感じたことがあります
きちんとご説明をさせていただき、ご理解くださってよかったのですが・・・
僕は、現在をも含めてこの日の舞台の上のミュージシャンは過去最高の方々だったと自信を持って思っています
茅ヶ崎球場に断られながらやっと決まった横浜球場でしたが、たくさんの制限、いまでこそ普通に行われますが、当時、野球場でコンサートをやるのは数え切れないほどの問題があったのです・・・
球場側、行政側、警察、消防・・・本当にやりたいことが全て出来たわけでは無かった、コンサートそのものの出来ではなくそれらが「二度と野球場でやりたくない」の発言になったのだと思います(悲)
重ねて言いますが、コンサートの出来は本当に素晴らしいものでした
紙吹雪の舞う寒い夜空を仰ぎながら感無量だったあの夜の想い出はけして消えるものではありません
・・・続き
まずは
1984年4月29日A PLACE IN THE SUN atYOKOHAMA STUDIUM・・・セットリスト
♪A PLACE IN THE SUN
♪壁にむかって
♪明日なき世代
『今日この時が、俺にとってもみんなにとっても、素晴らしいひと時でありますように』
♪モダンガール
『みんな、今日のステージ、楽しみに待っててくれた!?OK!一緒に歌おう この歌、知ってるね!?』
♪DJお願い!
♪~バックシート・ラブ
♪~さよならスウィートホーム
♪ラストショー
『一緒に歌うかい? OK? じゃあ、このスタジアムをふたつに分けます。ここから右側はオレと一緒に“It’s so easy~”を歌ってください。こちらから向こう、町支くんと一緒に、“走り出せよ~”。それから一緒のところは、一緒に歌う。ちょっと練習してみるね。
ん~、もう少し大きな声、出るかな。もう1回、やるよ。One Two Three・・・。
いや、もっと大きな声が出るはずだ!!OK!? One Two Three・・・。』
♪風を感じて
『横浜は18、19と10代の最後を過ごした、学生として過ごした街です。いろんな思い出が恥ずかしい思い出がいっぱいあります。今回、「A Place in the Sun」を関東でやりたいと思ったとき、やはり、横浜で、と。というのは、そんなセンチメンタルな気持ちからです。 』
♪あの頃の僕
♪愛のかけひき
『関東で野外コンサートをやりたいという希望は、3年くらい前からあって、いろんな場所を探したんだけど、初めて家を離れて暮らした街が横浜なんで、最初はどうしても横浜でやりたい、と最初に候補を見つけたのは、茅ヶ崎の市営球場。いろんなところを当たってみたんだけど、なかなか市役所のオジサンが“ウン”と言ってくれなくて、あっちこっち探していた。ある日、スタッフが“横浜スタジアムでやろうよ”と言うわけ。で、“え?だって横浜スタジアム、4月29日、野球やっているでしょ?”“それが、やっていないんだよね”“大洋ホエールズはどこ行ったんだろ?”ふつう、ゴールデンウイークっていったら稼ぎどきじゃない、野球場は。なのにやっていないっていうのはおかしいと、俺、調べてみたら、去年は成績不振でBクラスだから、この間は中日球場に行っている。ということは、来年は後楽園があいているはずなので、ひよっとすると・・・。』
♪いつかもうすぐ
『もう、去年も野外コンサート、初めてのやったし、ひょっとして、みんなは、こんな大きなステージでやるの慣れているんじゃないか、と思っているかもしれないけど。昨夜、横浜に泊まったのね。で、寝られないわけよ。不思議だね。いつもだったら、ホントに2時になったらパアッと寝るのにね。寝られない。で、寝ても、2時間おきくらいに目が覚める。そのたびにカーテン開けてね、曇ってる!また5時ごろ、パッと開けて、曇ってる!曇ってるかどうかもわからないのにさ、真ッ暗でさ。で、朝起きてもちろん、スタッフは徹夜してやってたから どうだろ、みんながんばってステージ作ってくれたかな、と思いながらカーテン開けると、みごとに曇ってるじゃない! うん、絶好のコンサート日和りだね! 涼しくて!・・・こうやって、夕暮れになって晴れてくれて。』
『僕はどこか、毎回毎回、ステージやるたびに、自分がこれだけのものに値する人間かどうか悩んでいて。晴れるとか曇るとかいうのを、ひとつの自然の、自分を受け入れるか、受け入れないかのバロメーターに考えているんだ。今日もこんなに晴れた、ということはきっと僕らも、今日来てくれたみんなも、受け入れられたんだ、と思います。』
『エー、サテー、横浜、本当に思い出がいっぱいあって。まず最初は"氷川丸"なのね。初めて横浜に出てきたとき、横浜市大に試験受けに釆たんだけど、泊まったところが氷川丸でね。ものすごく暗い雰囲気だったの。雨が降ってて。で、それから横浜にいざ入学して来てみて…市大落ちて、神奈川大に行ったんですけど…横浜というところは、ものすごくポップなところだと思ってたんだけど、住んだところが、菊名というところでね。"え!ここが横浜なのか?"で、横浜の雰囲気を味わおうと、よく山下公園とか本牧のほうをブラブラしていて。18、19、一体、自分が何んなのかとか、これからどうなるのか、何がしたいのか、もう音楽さえ始めてなかったころだから、自分がどういうふうになっていって、一体、誰のために生きて行くのか、そして30、40になったら誰のためにどんな仕事をするのか、全然分からなかった。ただ、エネルギーだけはすごいあり余っていて。今日もそんな若い、まだどうしていいのか分かんないけど、エネルギーいっばいあふれてるような男の子や女の子が、たくさんいると思います。いつか、このコンサートを思い出してくれたら、すごいうれしいです。』
♪愛しい人へ
♪家路
♪終わりなき疾走
♪独立記念日
♪路地裏の少年
♪陽のあたる場所
♪片想い
♪いつわりの日々
『10代のころ、自分の存在というのはなんか特別なもので、オレは絶対みんなとは違う。自信はないんだけど、いや、オレだけはみんなと違う、と、そういうふうに思っていた。そしていつか、どこか遠いところに、自分の生きる場所はあると、それがニューヨークなのか、ロサンジェルスなのか、ロンドンなのか・・でも、今住んでいる街じゃなくて、どこか違う、もっと違うところで、オレは生きるべき人間なんだ、と思っていた。だけどやがて、25、26歳くらいになって、イヤなこともいっぱい知って、何もかも思いどおりに進むわけじやないんだなあ、と分かってきて、やっと自分も当たり前の、ふつうのオトコなんだなあ、と分かり始めます。
そして、最近思うんだけど、ここがつまらないからといって、どこかほかのところへ逃げ出すことを考えないで、つまり、陽のあたる場所っていうのは、どこか遠いところじゃなくて、すごい身近なところにあって、たまたま、まだ、それを見つけられないだけで、それを見つけたいなら、きっと、自分で作っていくもんじゃないかな、と思います。だけど僕にせよ、どこが陽のあたる場所で、どこが約束の地なのか、よく分からないだ。けど、たぶん、自分のすごい近いところにあるんじゃないかと、そんな感じで最近、いろんなものを見ようと思っています。』
♪愛という名のもとに
♪Ocean Beauty
♪マイホームタウン
♪土曜の夜と日曜の朝
Do you wanna dance with me? I wanna dance with you.
『寒くはないかい? 一緒に踊らないかい?』
♪反抗期
♪東京
♪愛の世代の前に
♪僕と彼女と週末に
『どうも、ありがとう!新しい曲を聞いてもらいたい DANCE!』
♪DANCE
『昔、横浜に住んでいた頃、こんな球場ができるなんて思わなかったし、まして、こんな所でコンサートをやれるなんて思わなかった。今日一緒にやってくれたスタッフ、ミュージシャン、そして集まってくれたみんなに、感謝します。どうも、ありがとう。』
♪ROCK&ROLL MEDLEY
『みんな!! みんなにオレがいいたいことっていうのは、そんなにたくさんはないんだ。ただ、誰もナンバー・ワンである必要はないし、誰も、成功する必要もない。挫折しようが、バカなことやろうが、失敗しようが、かまわない! ただ、自分を大切にして、自分を大切にして、おたがいにがんばろう。オレがいいたいのは、それだけだ!!OK!?
パンクもいい、ディスコもいい。だけどいちばん今でも好ききなのは、ROCK&ROLL!!』
『どうもありがとう。ここでひと言。こういった野外コンサートやるのに、横浜球場の関係者の人にずいぶん助けてもらいました。貸していただいてどうもありがとう。それから警察や消防署の方にも、けっこうめんどうをおかけしまして、協力していただいて、本当に感謝しています。ここに集まってくれた観客のみんな、ミュージシャンを代表して、大人の方々にお礼をいいたいと思います。どうも今夜ありがとう。そして、みんなに、いちばんありがとう。また、夏から日本中へロードに出かけます。それぞれの会場で、それぞれの日々の中で、またみんなに会えたら嬉しいと思います。今夜はどうもありがとう』
♪ON THE ROAD
♪凱旋門
・・・続く
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