また、新しいDVDをどう思うか聞かれました・・・
僕は、やっぱり気に入りません(苦笑)
浜田省吾の曲は余計な解説や記録映像は必要無いくらいに完成度の高い楽曲なのですから・・・
彼、省吾の歌だけで充分、歌詞の意図は伝わるわけですから、資料映像も解説も必要無いと思うのです
あくまでも、映像作品の“BGM”だと思えば、それまでなのですが、とすると歴史のお勉強を目的とすればなんと中途半端な映像でしょ(泣)
戦争、殺戮、破壊、こんな映像ばかり立て続けに、子供たちに見せて何を伝えるんでしょ???
板屋さんの映像作品とのことなので・・・どうでも構わないのですが(苦笑)
まぁ、個人的な意見なので、これについてはこんなことで(苦笑)
さて、記録の続きを・・・
「'80年春~」
自:1980年3月22日 徳島文化センター
至:1980年7月20日 栃木会館
計43本
「この春のツアーが最初の本格的なツアーじゃないかな
このツアーの時は、「VISION」という大きなロゴを後ろに置いてやったツアーですね
このツアーの一番の思いでは、俺が急性肝炎をやって、ものすごいハードだった
松山でコンサート終えて福山に行くっていう船の中で急に寒気がきて、夜、熱が40度位上がったんですよ
で、病院行ったら風邪です、とか言われて、その日。コンサートやって、その夜がセイ・ヤングなんですよ(笑)
で、広島へ電車で移動して、氷のう頭の上にかかえて、もうろくにしゃべれないから曲ばっかかけて、曲になると、バッタリ(笑)
で、東京で医者に診てもらったら「これは肝臓だ。とにかく3ヶ月間、仕事やっちゃダメだ、入院しなさい」って言うわけ
よく映画なんかでガーンとか音が流れるのあるでしょ
ああいう状態だった
で、コンサートのリハーサルの時も楽屋で寝てなきゃいけないの
自分のマイクのレベルだけチェックして、あとは本番で2時間だけガーッとやって、またバタッと寝る
酒も煙草もやめて、甲タンパク質のものとビタミンとって、マネージャーの高橋は牛乳のパックいつもかかえて歩いていたっていう(笑)
あとはもう覚えてない(笑)
情けなかったですよね
デビューして5年目位で、やっと本格的なツアーができるようになった矢先のことでしょ
こういう状態が3ヶ月続いたんですよね
それ以降ですよね、体のことちゃんとするようになったのは」
「VISION」のツアーと言いながら、このツアーは“牛乳ツアー”って後になって言ってました(笑)
76、77年頃のライブハウス時代、省吾はしょっちゅう風邪をひいたりしてました
(よく風邪をひく人だなぁ、と思ってました;苦笑)
セイ・ヤングでは、ミニコンサートやスタジオライブもやってました、もちろん乳酸菌飲料片手に(笑)
次は、L・A録音のNEWアルバムを引っさげての秋のコンサートですね!
浜田省吾&愛奴ファンのお店 東京新宿Bar“Flash&Shadow”
http://www.flashandshadow.com