五条の駅から南へ歩くとほどなく東本願寺である。
京都駅から近いせいか逆に訪れにくかった建築物である。
本堂と阿弥陀堂
巨大であり、リジットであり、細かくもあり、それらを形作る部材のの呼吸が
聞こえてくるような、一瞬では辿りつくことのできない、ある正しさを感じたのだった。
そんなことを考えていると、恐らく私と同い年程の若いお坊さんがゆくりと奥から出てきて
法典を開き、おもむろにおつとめをし始めた。
本堂から出ると阿弥陀堂の由来を記載している看板がある、日本語の表記と英語の表記とで書かれている内容が違うところに注目した、が覚えていない。ドメスティックな話題を割愛してかなり単純化していたと記憶する。
塵が舞い空気が曇っているせいか光の線がよく見えて、光が届かない奥からは、外で違う時間が流れているように感じられる。目の前が開けているのに、こんなに明暗の差がある、本堂から阿弥陀堂へ動くに合わせて柱が、ゆっくりと重なり、ほどける。
風がそよぎ、きしむ床の上を吹き抜けていく。
西へ。
町の中を歩いていると、様々に家々の隙間に店が挟まれているのを見る。
古い家屋を改装したものや、そのまま使っているものもあるがこれは新しく作るよりも刺激的である。
不便さはあるだろうが。
法規が厳しく、色がなかなか使えないので見え方が一様ではある。そんな通りなのだが、ふいに長いアプローチの家がある。土地の形状が要求するのだが、日本家屋の門はなかなかこの、小さな、細い、じめじめとし、緑が少し生えた道に合っていた。
ドイツの人がいてそれらの門の前で立ち止まっては写真を撮り、小さなお堂を見つけては彼氏を大声でよんでいた。
西へ歩いていく間も何度か聞こえた。
京都駅から近いせいか逆に訪れにくかった建築物である。
本堂と阿弥陀堂
巨大であり、リジットであり、細かくもあり、それらを形作る部材のの呼吸が
聞こえてくるような、一瞬では辿りつくことのできない、ある正しさを感じたのだった。
そんなことを考えていると、恐らく私と同い年程の若いお坊さんがゆくりと奥から出てきて
法典を開き、おもむろにおつとめをし始めた。
本堂から出ると阿弥陀堂の由来を記載している看板がある、日本語の表記と英語の表記とで書かれている内容が違うところに注目した、が覚えていない。ドメスティックな話題を割愛してかなり単純化していたと記憶する。
塵が舞い空気が曇っているせいか光の線がよく見えて、光が届かない奥からは、外で違う時間が流れているように感じられる。目の前が開けているのに、こんなに明暗の差がある、本堂から阿弥陀堂へ動くに合わせて柱が、ゆっくりと重なり、ほどける。
風がそよぎ、きしむ床の上を吹き抜けていく。
西へ。
町の中を歩いていると、様々に家々の隙間に店が挟まれているのを見る。
古い家屋を改装したものや、そのまま使っているものもあるがこれは新しく作るよりも刺激的である。
不便さはあるだろうが。
法規が厳しく、色がなかなか使えないので見え方が一様ではある。そんな通りなのだが、ふいに長いアプローチの家がある。土地の形状が要求するのだが、日本家屋の門はなかなかこの、小さな、細い、じめじめとし、緑が少し生えた道に合っていた。
ドイツの人がいてそれらの門の前で立ち止まっては写真を撮り、小さなお堂を見つけては彼氏を大声でよんでいた。
西へ歩いていく間も何度か聞こえた。