大ナゴヤ大学のメンバー琢(たく)さんとと代々木上原の駅で別れた後、

同じくメンバーの岳(がく)くんとランチをしながら大ナゴヤ大学の説明の仕方、

これからの方法を話し合いました。


そして「学生の気持ちを思い出そう!」と思い、母校である成城大学を

訪れて、キャンパス内を散歩しました。


ビジネススクールとして、働きながらMBAで学んだ名古屋大学や、

グランゼコールのフランス国立ポンセショゼ工科大学、中国 上海の
同済大学(SIMBA)とは異なり、学生時代の気持ちで過ごしていた

「ゆるーい」時間を思い出してました。


日曜でしたので学生はほとんど居ませんでしたが、大学で教授の

お手伝いをしていた事や、いつも学食・中庭で集まったり、時には

ゼミ長や討論会の準備で図書館で勉強した時間を振り返りました。


その後、名古屋に戻り、新幹線口で、面会のお時間をいただいた

映画「夢の川」事務局長であり、株式会社グッドニュース・ジャパンの

伊藤 剛さまにお会いして、映画「夢の川」実行委員会の活動の

お話と、大ナゴヤ大学のコラボなど話し合わせていただきました。


以前のブログにも書きましたが、名古屋の街を流れる堀川を
テーマにした映画で、大林宣彦監督に映画をとっていただく
企画、映画「夢の川」としてプロジェクトが進められています。


この映画は、写真家の浅井 慎平さんが男気で委員長を
務められることが決まり、脚本に「蕎麦ときしめん」 (講談社文庫)
の清水義範さんが務められるような、名古屋をテーマにした
映画になりそうです。


大ナゴヤ大学準備室(プロジェクト)としても、実行委員会にタレントの

原田さとみさんの紹介で入らせていただく事となりました。


「映画の作り方学科」や「エキストラ学科」など、愛媛県の松山だったと

思いますが地元の映画で行政とボランティアがうまく相互の力を

活用して成功された事例を思い出し、大ナゴヤ大学とのジョイント講座を

通じて、ボランティアやフィルムづくりの街づくりに市民が参加できるような

活動をつくり、その活動NPOを設立するような動きに仕立てていくような事が

できないか、と提案させていただきました。


また、「堀川を知る」講座などで、屋形船での講座など、オモシロイ事が

ジョイントできそうでワクワクです。


名古屋映画3部作として、まだ未定ではありますが、例えば
「20世紀少年」の堤幸彦監督、八丈島の町おこしで映画を
苦労の末作成し、慶応大学の150周年企画となった柳 明菜さん、
俳優&監督の奥田瑛二さんなど次々と監督をしていただいて、

2年ごとに作成していくような夢が共有できたらと思いました!


伊藤 剛さまより、名古屋を映画の街にしたいという思いが伝わりました。


また、これまでの活動を通じて、どんな方とご一緒すれば良いのか、

企業・団体・行政の方々とどのようにタイアップしていけばいいのかなど、

大人としてすばらしいアドバイスを沢山いただきました。


ちなみに、どうして「大ナゴヤ大学」と名前がついたかにも説明させて

いただきました。グレーター・ナゴヤ・イニシアチブ(GNI)に近い発想である

事も確かで、ゆくゆくはナゴヤ以外のエリアでもキャンパスが広がることを

夢見ていることや、ナゴヤという街が求心力を持たないと、三重県やその他の

エリアが他地域を向いてしまってはいけないという事で、その情報発信・

求心力としての存在として考えていることを伝えました。


「ツーリズム」としての企画で、例えば奥三河・岐阜県・長野県・三重県などへ

行く企画もできる事になるでしょう。奥三河で設楽ダムの是非について語るとか、

里山活動団体との連携・農業体験とか・・・。

(こういう相互の団体とも連携を始めています)


そして何より全国の姉妹校ネットワークでも頭に「大」がつくことのできる都市・学校は

「ナゴヤ」しかないでしょう、という事も、シブヤ大学ディレクターの近藤ナオさんからも

言われて(お墨つき?)名称が決定したのです。


伊藤様、事務局活動の本当に忙しい中、名古屋駅までわざわざお越し

いただき、有難うございました。


昨日、シブヤ大学の作り方学科のメンバーで、本当に楽しい、ナゴヤでの
プラットフォームとなる活動にしていけるという事を確信しました。


メンバーも、イキイキとして、「面白い!」。そして「できる事」をみんなが

持ち寄ってできる体制となってきました。


相互の夢、目標を通じて、ナゴヤから情報発信していけるような活動に

なっていくことを信じてやまないです!