今日は午後から商工会議所主催のセミナーへ参加し、夜は南山大学の公開講座を

受講する予定ですので自宅に居ます。


目指すものについてですが、最近の内観を重視した行動をとる事によって、以前よりも

よりクリアになってきました。


なぜ独立し、事業家を目指すのか? 究極のゴールは何か? というところも重要ですが、

ひとつのきっかけにフィーチャーして、「なぜか?」を捉えてみました。


【事故によるリスク対策対応から方向性が見えてきた】


2007年2月7日、リンナイ株式会社(前職の会社)で、東京ガスでの開示が発端となり、

開放型小型湯沸し器の事故が報道されました。


当時は、新ビジネスの展開をしている最中で、私は会議の後、新幹線で帰りの打ち上げに

いっぱ~い、という感じでビールを片手に帰っていました。


後輩のところに奥様から一本の電話が。


「テレビで今、事故の会見が行われている」


あまりの急な対応にオドロキました。 当時のガス会社からの連携の時間もなく慌てふためく

会社の状態でした。


「リンナイよ、お前もか!」


と言わんばかりの報道。 当時のマスコミは、意図的なクレーム、社会の風潮の先導をきった

対応を行われていました。


事実の真相は、「経年劣化」であり、意図的に故障を隠していたものでもなければ、報告まで

しっかりと行っていたというのにも関わらず、「死亡事故」が起きた事実に対して非常に敏感な

対応でした。


ガスの業界は、電気などもそうなのかもしれませんが、古い器具がずっと買い替えされないまま

残っているものが多いのです。 過去のものは構造が単純だったが故に、故障も少なく、

「ちょっと掃除・メンテ」すれば利用できているものでした。


庶民の味方のようなものでした。それがガラリと変わる瞬間でした。


「長く使ってもらう」から、「危うきは早く周知し、取替えていただく」という、価値観の変換時期と

なりました。パラダイムの変化です。


私は、恐る恐る最終新幹線から降りて会社の前にタクシーで向かうと、マスコミの報道機材に

よる照明で、会社が煌煌と光ってました。


「今居る会社が、明日なくなってしまうかもしれない」


ものすごい報道陣の数と、電気でスポットライトを当てられた本社ビルを見て、恐ろしくなりました。

と同時に、このまま会社に戻ってはいけないと思い、タクシーを停めずに自宅へ方向を向けて

もらいました。


かなり情報が錯綜していたのですが、次の日から、経済産業省・報道対応・点検体制の準備や

マニュアルの対応、全国のお客様への説明資料などの準備の指示が出ました。


私の方は、営業部門における対策本部として、問題や指示を集め、まとめて回答・行動を促すと

いう対応を行うこととなりました。


シゴトは、「平時」ではなく、「戦時」のマネジメント体制になりました。


私の元へは、毎日全国から100件~300件以上の問い合わせ、行動方針に関する質問や

依頼事項が寄せられてきました。


それらを、担当部門、品質管理部門、法務担当、広報などに確認をお願いし、マニュアルなど

開発部門に依頼して作成し、検閲して配布、という作業をしていました。


毎朝、毎日と、エクセルの帳票に入れた、問い合わせ・回答事項のシートを、全国の責任者の

元へ流していました。またコールセンターなどへも毎回連絡を行っていました。


【そこで感じたこと、やろうと思ったこと】


3ヶ月間、そして第一次終了宣言が出るまで、ものすごいアドレナリン出まくり状態でシゴトを

していました。


「自分が1つでも回答をし忘れてしまえば、それがお客様への問題となる」、そう思った以上は

とにかく1つも問題なく、すべての課題に対処するという事を徹底的にやりました。


会社では、今まで依頼しても工数不足で不可能とされていたマニュアルや部品等の装着可否に関する

検索資料が作成され、「こんなに物事が早く進むという事があるのだなぁ」と感心された事が多かったです。


また、社会的な常識から外れたクレーマーに関する対応があり、直接お詫びに行ったことはありません

でしたが、法的な対応とお客様にどのように行ったら良いのか、という事を逐次相談して対応の指示を

させていただいていました。


現地の責任者の中には、本当に「誇り」をもってシゴトをしている方が沢山居て、あまりにシゴトに

誠実であるがために、すべて自分が責任をとって問題を解決しようとされている責任者が居て、

法律面での対応に関するアドバイスや会社としてこのような措置で行うことが可能です、という

報告をしましたところ、


「会社がそのような対応をしてくれるなんて、これまでそういった事を知らずに本当に救われた

 気持ちになった」


とおっしゃって下さる責任者の方々が、全国に沢山みえました。


営業などの場合は、当然ですが、自分のお客様にはより良い・早い情報を伝えたいと思われている

方が居て、本当のところはどうなのか?(嘘や隠している情報は全くないのですが、「経済産業省へ

伝えたこと」以上のことを知りたい)と、詰めた質問をされる方も多かったです。


顧客第一主義になろうとするがあまりに、公式発表でない事まで伝えたい、資料を持っていきたいと

いう行動をしようという方もやはり居ました。


しかしながら、会社から出る情報というのは、こういったリスクにも関わることですと、本当に少しでも

違いがあってしまってはいけません。


細心の注意を払っていましたが、こういった情報取得をしようという人の性があることも否めませんでした。


世の中には、このように会社人生において、「自分が守っている」・「お客様との前における奉仕主体」の

ようになっている状況が多いのではないか、と考えるようになってきました。


会社側がきちんとしたガイドラインなどを提示しきれていなかった(今は、危機管理体制を学んで

構築している事と思います)ことが、人間の生活におけるゆがみを発生させてしまっている。


この状態を、「解放」できる方法はないか、というのが1つの動機であり、「企業・社会と人が対等に

なれる教育・経験の場」というのを創っていきたいという気持ちが募ってきました。

(1つめの目的)


また、ちょうど消費者の安全を保護する目的の法律が制定された頃でもありましたので、その時、

企業というものは、「消費者の安全を図り、かつ高付加価値のものを社会に提供していく必要が

ある」ということと、社会的なマーケティング・存在基盤(いわゆるCSRや消費者教育)が必要に

なった時代になり、


・高い付加価値を創造する、ダイナミックなマネジメントとしての、テクノロジー・マネジメント(MOT)の

 必要性


・社会の生育とともに産業社会でも「部分効率」の弊害が出ており、人生を幸せにするマネジメント・

 意思決定として「TOCの思考プロセス」を導入していく


という、高等ビジネス教育を手段にしていきたいという思いも生まれてきました。

(2つめの目的)


心の解放、前向きなキャリアの育成、そのための教育と機会の提供の場、これらを創造していく

ことで、最後は「新価値創造」につなげていく。


そこに、多くのパートナーや企業・人とのコラボで皆が成長していくビジネスモデルを描いていく。


まだまだ描ききれていないビジネスモデルですが、より強力なものにしていこうと思います。



追伸ですが、このような2月~、の時期は、私のMBA修士論文を書き直すこともできなくなり、

結果としてMBAの修士号を取得する事ができずに退学しましたが、人生においては

「かけがえのない経験・発見の機会」だったと思っています。