今日は完全休日。


本当は、長良川の花火を見に行く予定だったが、雷がありそうという事で、今回は中止にした。


昨年、同じ花火を見に行って、岐阜の駅に着いたものの、大雨で中止になり、電車も止まってしまい

途中の駅で降ろされてずっと待たされた経験があった。


(あの時は、駅のホームで初めて寝転んだ。あれはあれで楽しくもあり、良い経験だった。)

だから、さすがに今年もその経験はしたくないと思ったのですが・・・。彼女も買ったばかりの浴衣だから濡れてはまずいと思い、止めてしまったのですが、どうやら天気はもって決行されたとの事でした。


気を取り直して、夜、1人で映画の「アイランド」 を見に行った。


ユアン・マクレガー(スターウォーズの若きオビ・ワン役)が主役をやっている。

ユアン・マクレガー

SWのEP3は、一緒に見に行くスケジュールが決まらず見れていないので、順番が逆転した。

オビ・ワン(マクレガー)

↑スターウォーズでは今回の3では老けた設定にしており、エピソード1の時がもちろんイチバンカッコイイ。



途中のシーンでクローンの生み出すシーンなど、女の子は見るのに耐えないかもしれないシーンがあるが、映画の設定などどことなくマトリックスやアイ・ロボットに似た印象はあった。 


個人的にはとても面白い映画だった。


クローンとして、臓器の移植の対象になっていた方が、記憶を思い出し、「生きたい」と行動する。


バイオテクノロジーや医療でも、最も難しいのは、「器官」を作り上げることであろうから、全く同じクローンを

作っておいて、いざという時に購入者自身にぴったり合った臓器や、自分の子供の妊娠機能を持たせる事は、ごく自然に未来を考える上で「あり得る」設定である。人道的見地を置いておけば・・・。


・「刷り込み」記憶から目覚めること、それは「興味・好奇心」がきっかけであったこと。

・主人公の二人が逃亡するのと同様に、同じ時期のクローンも記憶に目覚めたり疑惑を抱いたり、

と、生態的にも実証されている「100匹目の猿」っぽい動きが、映画の途中から見え始める。


管理する側はこの動きを危険と見なし、メーカーのように「リコール=破棄」を決定する。ここにもメーカーの理由による一方的なリコール隠しや社会的な隠蔽などの近年の問題の警鐘と、クローンといえども生命としての「人道的な」倫理感が求められるんだ、というところを感じた。


バイオテクノロジー、ナノ技術の進展、器官としてのアナロジー研究など進んでいけば当然課題になるし、既に神経系に接続して機械を動かす技術も実現化に向けてテストをしている時代。


これらの倫理的課題は、既に社会的に考えていかなければいけないという認知にもなりつつあると感じた。


「刷り込み教育からの目覚め」=「気づき」や「立ち位置」の変化と捉えることができ、普段からの自分も決まった立ち位置に立っていないか、ボンヤリと考えた。



帰りに、伏見のヒルトン裏にあるシガー・バーになぜか行きたくなった。ぐっとこらえて、前だけ通って

帰った。。。 外国人がいつもに増して来店している様子だった。


明日は外出の後、先日のマンションの実際の棟内モデルルームを覗きに行きます。