14益須の醴泉
1己亥。遣沙門法員。善往。眞義等。試飲近江國益須郡醴泉。戊申。以直大肆授直廣肆引田朝臣少磨。仍賜食封五十戸。
【己亥つちのとゐ〔十四日〕、沙門ほふし法員ほふゐん善往ぜんわう眞義しんぎ等らを遣つかはし、試こころみに近江國あふみのくにの益須郡やすのこほりの醴こさけの泉いづみを飲のます。戊申つちのえさる〔二十三日〕、直大肆ぢきだいしを以もちて、直廣肆ぢきくわうし引田ひけたの朝臣あそみ少磨呂すくなまろに授さづけたまふ。仍なほ、食封へひと五十戸いそへ賜たまふ。】
〔十四日、沙門ほうしの法員ほういん、善往ぜんおう、真義しんぎらを遣わして、試みに近江国おうみのくにの益須郡やすのこおり(野洲郡)の醴泉こさけのいずみ(醴酒のような泉)の水をお飲ませになった。二十三日、直大肆じきだいしの位を直広肆引田朝臣少麻呂じきこうしひけたのあそんすくなまろに授けられた。なお、食封へひと五十戸を賜わった。〕
2十二月丙辰朔丙子。遣陣法博士等教習諸國。八年春正月乙西朔丙戌。以正廣肆授直大壹布勢朝臣御主人與大伴宿禰御行。
【十二月しはす丙辰ひのえたつを朔つきたちとして丙子ひのえね〔二十一日〕。陣法いくさののりの博士はかせ等らを遣まだし、諸國もろもろのくにに教をしへ習ならはしむ。八年やとせ春はる正月むつき乙酉きのととりを朔つきたちとして丙戌ひのえいぬ〔二日〕。正廣肆しやうくわうしを以もちて、直大壹ぢきだいいち布勢ふせの朝臣あそみ御主人みぬし與と大伴おほともの宿禰すくね御行みゆきに授さづけたまふ。】
〔十二月二十一日、陣法博士いくさののりのはかせらを遣わして、諸国に教習させられた。八年春一月二日、正広肆しょうこうしの位を、直大壱布勢朝臣御主人じきたいしふせのあそんみうしと大伴宿禰御行おおとものすくねみゆきに授けられた。〕
3増封人二百戸。通前五百戸。並爲氏上。辛卯。饗会卿等。己亥。進御薪。庚子。饗百官人等。辛丑。漢人奏請踏歌。
【封へひと増ますこと人ひとごとに二百戸ふたももへ。前さきに通かよはせば五百戸いほへ。並ならびに氏うじの上このかみと爲す。辛卯かのとう〔七日〕、会卿まへつきみ等たちに饗あへたまふ。己亥つちのとゐ〔十五日〕、御薪みかまぎ進たてまつる。庚子かのえね〔十六日〕、百官もものつかさの人ひと等どもに饗あへたまふ。辛丑かのとうし〔十七日〕、漢人あやひと、踏歌あられはしり請つかへ奏まつる。】
〔食封へひとを増すことそれぞれに二百戸、前からの分とで五百戸。並びに氏上うじのこのかみとされた。七日、公卿くぎょうらに饗あえを賜わった(七日の節会)。十五日、薪を奉った。十六日、百官ひゃっかんの人々に饗された(十六日の節会)。十七日、漢人あやひとが蹈歌あられはあしりを奏した。〕
4五位以上射。壬寅。六位以下射。四日而畢。癸卯。唐人奏踏歌。乙巳。幸藤原宮。即日還宮。丁未。
【五位いつのくらひより以上かみつかた、射いくひす。壬寅みずのえとら〔十八日〕、六位むつのくらひより以下しもつかた射いくひす。四日よかあり而て畢をはりぬ。癸卯みずのとう〔十九日〕、唐人もろこしびと、踏歌あられはしり奏つかへまつる。乙巳きのとみ〔二十一日〕、藤原宮ふぢはらのみやに幸いでます。即日そのひ、宮みやに還かへりたまふ。丁未ひのとひつじ〔二十三日〕、】
〔五位以上は大射を行なった。十八日、六位以下が大射した。四日かかって終わった。十九日、唐人の蹈歌あられはあしりがあった。二十一日、藤原宮ふじわらのみやにお出でになり、その日にお帰りになった。二十三日、〕
5以務廣肆等位授大唐七人與肅愼二人。戊申。幸吉野宮。三月甲申朔。日有蝕之。乙酉。以直廣肆大宅朝臣麻呂。
【務廣肆むくわうし等らの位くらひを以もちて、大唐もろこしびと七人ななたり與と肅愼あしはせびと二人ふたりに授さづけたまふ。戊申つちのえさる〔二十四日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。三月やよひ甲申きのえさるの朔つきたち〔一日〕。日ひ蝕はえたること之ここに有あり。乙酉きのととり〔二日〕、以直廣肆大宅朝臣麻呂。】
〔務広肆むこうしなどの位を、大唐の七人と粛慎みしはせの二人に授けられた。二十四日、吉野宮よしののみやにお出でになった。三月一日、日蝕にっしょくがあった。二日、直広肆大宅朝臣麻呂じきこうしおおやけのあそんまろ、〕
6勤大貳臺忌寸八嶋。黄書連本實等拜鑄錢司。甲子。詔曰。凡以無位人任郡司者。以進廣貳授大領。以進大參授小領。
【勤大貳ごんだいに臺忌寸うてなのいみき八嶋やしま黄書連きぶみのむらじ本實ほんじち等らを、鑄錢司ぜにのつかさに拜めす。甲子きのえね〔十一日〕、詔みことのりして曰のたまはく「凡おほよそ位くらひ無なからむ人ひとを以もちて、郡司こほりのみやつこに任まくる者は、進廣貳しんくわうにを以もちて大領こほりのみやつこに授さづけ、進大參しんだいさむを以もちて小領すけのみやつこに授さづけよ。】
〔勤大貳台忌寸八嶋ごんだいにうてなのいみきやしま、黄書連本実きぶみのむらじほんじつらを、鋳銭司ぜにのつかさに任じられた。十一日、詔みことのりして、「無位の人を郡司こおりのつかさに任ずる場合は、進広貳しんこうにの位を大領に授け、進大参しんだいさんを少領すけのみやつこに授けよ」と言われた。〕
7己亥。詔曰。粤以七年歳次癸巳。醴泉涌於近江國益須郡都賀山。諸疾病人停宿益須寺而療差者衆。故入水田四町。
【己亥つちのとゐ〔十六日〕、詔みことのりして曰のたまはく「粤ここに七年ななとせの癸巳みづのとみにやどる歳次としを以もちて、醴泉こさけのいづみ、近江國あふみのくにの益須郡やすのこほりの都賀山つがやま於に涌わく。諸もろもろの疾病人やまひびと、益須寺やすでらに停宿やどり而て、療おさめ差いゆる者もの衆おほし。故かれ、水田こなた四町よところ】
〔十六日、詔みことのりして、「七年に醴泉こさけのいずみが、近江国益須郡おうみのくにやすのこおり(野洲郡)の都賀山つがやまに湧出した。種々の病人が益須寺やすでらに宿って治療し、治った者が多い。それゆえ水田四町、〕
8布六十端。原除益須郡今年調役雜徭。國司頭至目。進位一階。賜其初驗醴泉者。葛野羽衝。百濟土羅々女。
【布ぬの六十端むそむら入いれよ。益須郡やすのこほりの今年ことしの調役えつき雜くさぐさの徭みゆき原ゆるし除やめよ。國司くにのみこともちの頭かみより目さくわんに至いたるまで、位くらひ一階ひとしな進すすめしむ。其その初はじめて醴泉こさけのいづみを驗みしるしする者もの、葛野かどのの羽衝はつき百濟くたらの土羅々女つららめに、】
〔布六十端を寺に施入し、益須郡やすのこおりの今年の調役、雑徭ざつようを免除せよ。国司の長官から主典に至るまで、位一階を進めさせる。初めてその醴泉こさけのいずみを発見した葛野羽衝かどののはつき、百済土羅羅女くだらのつららめに、〕
9人絁二匹。布十端。鍬十口。乙巳。奉幣於諸社。丙午。賜神祇官頭至祝部等。一百六十四人絁布。各有差。
【人ひとごとに絁ふとぎぬ二匹ふたむら布ぬの十端とむら鍬すき十口とわ賜たまふ。」とのたまふ。乙巳きのとみ〔二十二日〕、幣みてぐらを諸社もろもろのやしろ於に奉たてまつる。丙午ひのえうま〔二十三日〕、神祇官かむつかさの頭かみより祝部はふり等らに至いたるまで、一百六十四人ももあまりむそあまりよたりに絁ふとぎぬ布ぬの賜たまふ、各おのおの差しな有あり。】
〔それぞれ絁ふとぎぬ二匹、布十端、鍬くわ十口を与える」と言われた。二十二日、幣帛みてぐらを諸社に奉った。二十三日、神祇官の長官から祝部はふりに至るまで、百六十四人に絁ふとぎぬ、布をそれぞれ賜わった。〕
10夏四月甲寅朔戊午。以淨大肆贈筑紫大宰率河内王。并賜賻物。庚申。幸吉野宮。丙寅。遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。
【夏なつ四月うつき甲寅きのえとらを朔つきたちとして戊午つちのえうま〔五日〕。淨大肆じやうだいしを以もちて、筑紫つくしの大宰率おほみこともちのかみ河内王かはちのおほきみに贈おひてたまふ。并あはせて賻物はふりもの賜たまふ。庚申かのえさる〔七日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。丙寅ひのえとら〔十三日〕、使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ與と龍田たつたの風神かぜのかみを祀まつらしむ。】
〔夏四月五日、浄大肆じょうだいしの位を筑紫大宰率河内王ちくしのおおみこともちかわちのおおきみに追贈し、合せて賻物はぶりものを賜わった。七日、吉野宮にお出でになった。十三日、使者を遣わして広瀬大忌神ひろせのおおいみのかみと竜田風神たつたのかぜのかみとを祭らせた。〕
11丁亥。天皇至自吉野宮。庚午。贈律師道光賻物。五月癸未朔戊子。饗公卿大夫於内裏。癸巳。以金光明經一百部送置諸國。
【丁亥ひのとゐ〔十四日〕、天皇すめらみこと吉野宮よしののみや自より至かへりおはします。庚午かのえうま〔十七日〕、律師りつし道光だうくわうに賻物はぶりもの贈たまふ。五月さつき癸未みずのとひつじを朔つきたちとして戊子つちのえね〔六日〕。公卿大夫まへつきみたちに内裏おほうち於に饗あへたまふ。癸巳みずのとみ〔十一日〕、金光明經こむくわうみやうきやう一百部ももともを以もちて、諸國もろもろのくにに送おくり置おく。】
〔十四日、天皇は吉野宮から帰られた。十七日、律師道光りつしどうこうに賻物を賜わった。五月六日、公卿大夫まえつきみたちに内裏で饗を賜わった(五月五日の節会か)。十一日、金光明経こんこうみょうぎょう百部を諸国に送り届けられた。〕
12必取毎年正月上玄讀之。其布施以當國官物充之。六月癸丑朔庚申。河内國更荒郡獻白山鷄。賜更荒郡大領。小領。
【必かならず毎年としごとの、正月むつきの上かみつ玄ゆみはりのひに取あたりて之これを讀よめ。其その布施おくりものは、當國そのくにの官物おおやけものを以もちて之これに充あてよ。六月みなつき癸丑みずのとうしを朔つきたちとして庚申かのえさる〔八日〕。河内國かふちのくにの更荒郡さららのこほり、白しろき山鷄やまどり獻たてまつれり。更荒郡さららのこほりの大領こほりのみやつこ小領すけのみやつこに、】
〔毎年必ず一月の七、八日頃に、その経を読誦し、その供養料は正税から支出せよとされた。六月八日、河内国更荒郡かわちのくにさららのこおりから、白い山鶏やまどりを奉った。郡の大領だいりょう、少領しょうりょうに、〕
13位人一級。并賜物。以進廣貳賜獲者刑部造韓國。并賜物。秋七月癸未朔丙戌。遣巡察使於諸國。丁酉。
【位くらひ人ひとごとに一級ひとしな賜たまふ。并あはせて物もの賜たまふ。進廣貳しんくわうにを以もちて、獲えたる者は、刑部造おさかべのみやつこ韓國からくにに賜たまふ。并あわせて物もの賜たまふ。秋あき七月ふみつき癸未みずのとひつじを朔つきたちとして丙戌ひのえいぬ〔四日〕。巡察めぐりみる使つかひを諸國もろもろのくに於に遣つかはす。丁酉ひのととり〔十五日〕、】
〔位をそれぞれ一級ずつ進められ物を賜わった。これを捕らえた刑部造韓国おさかべのみやつこからくにに、進広貳しんこうにの位と物を賜わった。秋七月四日、巡察使を諸国に遣わされた。十五日、〕
14遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。八月壬子朔戊辰。爲皇女飛鳥度沙門一百四口。九月壬午朔。日有蝕之。
【遣使者つかひをまだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ與と龍田たつたの風神かぜのかみを祀まつらしむ。八月はつき壬子みずのえねを朔つきたちとして戊辰つちのえたつ〔十七日〕。皇女ひめみこ飛鳥あすかの爲ため、沙門ほふし一百四口ももあまりよたり度いへでせしむ。九月みずのえうまの朔つきたち〔一日〕、日ひ蝕はえたること之ここに有あり。】
〔使者を遣わして広瀬大忌神と竜田風神とを祭らせた。八月十七日、飛鳥皇女あすかのひめみこ(天智天皇の娘)のために、沙門ほうし百四人を得度とくどさせた。九月一日、日蝕があった。〕
15乙酉。幸吉野宮。癸卯。以淨廣肆三野王拜筑紫大宰率。冬十月辛亥朔朔庚午。以進大肆、賜獲白蝙蝠者、
【乙酉きのととり〔四日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。癸卯みずのとう〔二十二日〕、淨廣肆じやうくわうし三野王みののおほきみを以もちて、筑紫つくしの大宰率おほみこともちのかみに拜めす。冬ふゆ十月かむなつき辛亥かのとゐを朔つきたちとして朔庚午かのえうま〔二十日〕。進大肆しんだいしを以もちて、白しろき蝙蝠かはぼり獲えたる者ひと、】
〔四日、吉野宮よしののみやにお出でになった。二十二日、浄広肆三野王じょうこうしみののおおきみを筑紫大宰率ちくしのおおみこともちに任命された。冬十月二十日、進大肆しんだいしの位を、白い蝙蝠こうもりを捕らえた〕
16飛騨國荒城郡弟國部弟日。并賜絁四匹。綿四屯。布十端。其戸課役限身悉兔。
【飛騨國ひだのくにの荒城郡あらきのこほりの弟國部おとくにべの弟日おとひに賜たまふ。并あはせて絁ふとぎぬ四匹よむら綿わた四屯よもぢ布ぬの十端とむら賜たまふ。其その戸への課役えつきは、身みを限かぎり悉ことごとく兔ゆるしたまふ。】
〔飛驊国荒城郡ひだのくにあらきのこおりの弟九部弟日おとくにべのおとひに賜わった。合せて、絁ふとぎぬ四匹、綿四屯、布十端を賜わり、その戸の課役は終身免除とされた。十一月二十六日、死刑以下の罪の者を赦免された。〕
15藤原宮に遷る
1十二月庚戌朔乙卯。遷居藤原宮。戊午。百官拜朝。己未。賜親王以下至郡司等絁緜布。各有差。辛酉。
【十二月しはす庚戌かのえいぬを朔つきたちとして乙卯きのとう〔六日〕。藤原宮ふぢはらのみやに遷うつり居おはします。戊午つちのえうま〔九日〕、百官もものつかさ朝みかど拜をがみす。己未つちのとひつじ〔十日〕、親王みこより以下しもつかた郡司こほりのみやつこ等らに至いたるまで、絁ふとぎぬ緜わた布ぬの賜たまふこと、各おのおの差しな有あり。辛酉かのととり〔十二日〕、】
〔十二月六日、藤原宮ふじわらのみやに遷都された。九日、百官ひゃっかんが拝朝した。十日、親王以下郡司に至るまでに絁ふとぎぬ、綿、布をそれぞれに賜わった。十二日、〕
2宴公卿大夫。九年春正月庚辰朔甲申以淨廣貳授皇子舍人。丙戌。饗公卿大夫於内裏。甲午。進御薪。乙未。
【公卿大夫まへつきみたちにと宴よのあかりしたまふ。九年こことせ春はる正月むつき庚辰かのえたつを朔つきたちとして甲申きのえさる〔五日〕。淨廣貳じやうくわうにを以もちて皇子舍人みことねりに授さづけたまふ。丙戌ひのえいぬ〔七日〕、公卿大夫まへつきみたちに内裏おほうち於に饗あへたまふ。甲午きのえうま〔十五日〕、御薪みかまぎ進たてまつる。乙未きのとひつじ〔十六日〕、】
〔公卿大夫まえつきみたちに宴を賜わった。九年春一月五日、浄広貳じょうこうにの位を皇子舎人とねりに授けられた。七日、公卿大夫まえつきみたちに内裏で饗あえを賜わった七日、白馬の節会。十五日、薪を奉った。十六日、〕
3饗百官人等。丙申。射。四日而畢。潤二月己卯朔丙戌。幸吉野宮。癸巳。車駕還宮。三月戊申朔己酉。
【百官もものつかさの人ひと等どもに饗あへたまふ。丙申ひのえさる〔十七日〕、射いくひす。四日よかあり而て畢をはりぬ。潤のちの二月きさらき己卯つちのとうを朔つきたちとして丙戌ひのえいぬ〔八日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。癸巳みずのとみ〔十五日〕、車駕すめらみこと宮みやに還かへりたまふ。三月やよひ戊申つちのえさるを朔つきたちとして己酉つちのととり〔二日〕。】
〔百官ひゃっかんの人たちに饗を賜わった蹈歌あられはあしりの節会。十七日、大射。四日間あって終わった。閏うるう二月八日、吉野宮よしののみやにお出でになり、十五日にお帰りになった。三月二日、〕
4新羅遣王子金良琳。補命薩飡朴強國等。及韓奈麻金周漢。金忠仙等。奏請國政。且進調獻物。己未。幸吉野宮。
【新羅しらき、王子せしむ金良琳こむらうりむ補命ふみやう薩飡朴さつさんぼく強國がうこく等ら、及および韓奈麻金かんなまこむ周漢しうかん金忠仙こむちうせん等らを遣まだし、國くにの政まつりごとを奏請まうす。且また、調みつき進たてまつり物もの獻たてまつる。己未つちのとひつじ〔十二日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。】
〔新羅しらぎは王子金良琳せしむこんろうりん、補命薩サン朴強国ふみょうさつさんぼくごうこくら、および韓奈麻金周漢かんなまこんしゅうかん、金忠仙こんちゅうせんらを遣わして、国政を報告した。また、調を奉り、物も奉った。十二日、吉野宮よしののみやにお出でになり、〕
5壬戌。天皇至自吉野。庚午。遣務廣貳文忌寸博勢。進廣參下譯語諸田等於多禰。求蠻所居夏四月戊寅朔丙戌。
【壬戌みずのえいぬ〔十五日〕、天皇すめらみこと吉野よしの自より至かへりおはします。庚午かのえうま〔二十三日〕、務廣貳むくわうに文忌寸ふみのいみき博勢はかせ進廣參しんくわうさむ下しもの譯語をさの諸田もろた等らを多禰たね於に遣つかはし、蠻ひなの居ゐ所どころを求もとめしむ。夏なつ四月うつき戊寅つちのえとらを朔つきたちとして丙戌ひのえいぬ〔九日〕。】
〔十五日にお帰りになった。二十三日、務広貳むこうにの文忌寸博勢ふみのいみきはかせと、進広参しんこうさんの下訳語諸田しものおさのもろたらを多禰たね種子島に遣わして、蛮ひな朝廷に帰順しない未開の人々の居所を探させた。夏四月九日、〕
6遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。甲午。以直廣參贈賀茂朝臣蝦夷。并賜賻物。〈本位勤大壹。〉以直大肆贈文忌寸赤麿等并賜賻物。
【使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ與と龍田たつたの風神かぜのかみを祀まつらしむ。甲午きのえうま〔十七日〕、直廣參ぢきくわうさむを以もちて、賀茂かもの朝臣あそみ蝦夷えみしに贈おひてたまふ。并あはせて賻物はぶりもの賜たまふ。〈本位もとのくらひは勤大壹ごんだいいちなり。〉直大肆ぢきだいしを以もちて、文忌寸ふみのいみき赤麿呂あかまろ等らに贈おひてたまふ。并あはせて賻物はぶりもの賜たまふ。】
〔使者を遣わし、広瀬大忌神ひろせのおおいみのかみと竜田風神たつたのかぜのかみとを祭らせた。十七日、直広参じきこうさんの位を、賀茂朝臣蝦夷かものあそんえみしに追贈され、合せて賻物はぶりものを賜わった。直大肆じきだいしの位を、文忌寸赤麻呂ふみのいみきあかまろに追贈され、合せて賻物を賜わった。〕
7〈本位大山中。〉五月丁未朔己未。饗隼人大隅。丁卯。觀隼人相撲於西槻下六月丁丑朔己卯。遣大夫謁者詣京師及四畿内諸社請雨。
【〈本位もとのくらひは大山中だいせんちうなり。〉五月さつき丁未ひのとひつじを朔つきたちとして己未つちのとひつじ〔十三日〕。隼人はやと大隅おほすみに饗あへたまふ。丁卯ひのとう〔二十一日〕、隼人はやとの相撲すまひとるを西にしの槻つきの下もと於に觀みる。六月みなつき丁丑ひのとうしを朔つきたちとして己卯つちのとう〔三日〕。大夫まへつきみ謁者ものまうしひとを遣まだし、京師みやこ及および四よつの畿内うちつくにの諸社もろもろのやしろに詣まうでて雨あま請ごひす。】
〔五月十三日、隼人はやと、大隅おおすみに饗あえを賜わった。二十一日、隼人はやとの相撲を、飛鳥寺あすかでらの西の槻つきの木の下で行なわれ、皆が見物した。六月三日、大夫まえつきみ、謁者を遣わして、京師みやこと四畿内よつのうちつくにの諸社に詣で雨乞いをした。〕
8壬辰。賞賜諸臣年八十以上。及痼疾各有差。甲午。幸吉野宮。壬寅。至自吉野。秋七月丙午朔戊辰。遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。
【壬辰みずのえたつ〔十六日〕、諸臣まへつきみたちの年とし八十やそじより以上かみつかた及および痼疾おもきやまひするひとに賞賜ものたまふこと、各おのおの差しな有あり。甲午きのえうま〔十八日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。壬寅みずのえとら〔二十六日〕、吉野よしの自より至かへりおはします。秋あき七月ふみつき丙午ひのえうまを朔つきたちとして戊辰つちのえたつ〔二十三日〕。使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ與と龍田たつたの風神かぜのかみとを祀まつらしむ。】
〔十六日、諸臣の八十歳以上の者と重病者に、それぞれ物を賜わった。十八日、吉野宮よしののみやにお出でになり二十六日にお帰りになった。秋七月二十三日、使者を遣わして広瀬大忌神ひろせのおおいみのかみと竜田風神たつたのかぜのかみとを祭らせた。〕
9辛未。賜擬遣新羅使直廣肆小野朝臣毛野。務大貳伊吉連博徳等物。各有差。八月丙子朔己亥。幸吉野。乙巳。
【辛未かのとひつじ〔二十六日〕、新羅しらきに遣つかはさむと擬する使つかひ直廣肆ぢきかうし小野おのの朝臣あそみ毛野けの務大貳むだいに伊吉連いきのむらじ博徳はかとこ等らに物もの賜たまふこと。各おのおの差しな有あり。八月はつき丙子ひのえねを朔つきたちとして己亥つちのとゐ〔二十四日〕。吉野よしのに幸いでます。乙巳きのとみ〔三十日〕、】
〔二十六日、新羅しらぎに遣わされる直広肆小野朝臣毛野じきこうしおののあそんけの、務大貳伊吉連博徳むだいにいきのむらじはかとこらに、それぞれ物を賜わった。八月二十四日、吉野にお出でになり、三十日〕
10至自吉野九月乙巳朔戊申。原放行獄徒繋。庚戌。小野朝臣毛野等發向新羅。冬十月乙亥朔乙酉。幸菟田吉隠。
【吉野よしの自より至かへりおはします。九月ながつき乙巳きのとみを朔つきたちとして戊申つちのえさる〔四日〕。行さぶらはしむる獄徒繋つみびとを原放ゆるしたまふ。庚戌かのえいぬ〔六日〕、小野おのの朝臣あそみ毛野けの等ら、新羅しらきに發たち向まかる。冬ふゆ十月かむなつき乙亥きのとゐを朔つきたちとして乙酉きのととり〔十一日〕。菟田うだの吉隠よなばりに幸いでます。】
〔にお帰りになった。九月四日、在獄の罪人を放免された。六日、小野朝臣毛野おののあそんけのらが新羅しらぎに出発した。十月十一日、菟田うだの吉隐よなばりにお出でになり、〕
11丙戌。至自吉隠。十二月甲戌朔戊寅。幸吉野宮。丙戌。至自吉野。賜淨大肆泊瀬王賻物。
【丙戌ひのえいぬ〔十二日〕、吉隠よなばり自より至かへりおはします。十二月しはす甲戌きのえいぬを朔つきたちとして戊寅つちのえとら〔五日〕。吉野宮よしののみやに幸いでます。丙戌ひのえいぬ〔十三日〕、吉野よしの自より至かへりおはします。淨大肆じやうだいし泊瀬はつせの王おほきみに賻物はぶりもの賜たまふ。】
〔十二日お帰りになった。十二月五日、吉野宮よしののみやにお出でになり、十三日にお帰りになった。浄大肆泊瀬王じょうだいしはつせのおおきみに賻物はぶりものを賜わった。〕
12十年春正月甲辰朔庚戌。饗公卿大夫。甲寅。以直大肆授百濟王南典。戊午。進御薪。己未。饗公卿百寮人等。
【十年とうとせ春はる正月むつき甲辰きのえたつを朔つきたちとして庚戌かのえいぬ〔七日〕。公卿大夫まへつきみたちに饗あへたまふ。甲寅きのえとら〔十一日〕、直大肆ぢきだいしを以もちて、百濟くたらの王こきし南典なむてんに授さづけたまふ。戊午つちのえうま〔十五日〕、御薪みかまぎ進たてまつる。己未つちのとひつじ〔十六日〕、公卿まへつきみ百寮もものつかさの人ひと等どもに饗あへたまふ。】
〔十年春一月七日、公卿大夫まえつきみたちらに饗を賜わった白馬の節会。十一日、直大肆じきだいしの位を百済王南典くだらのこきしなんでんに授けられた。十五日、薪を奉った。十六日、公卿百官くぎょうひゃっかんに饗を賜わった(蹈歌あられはあしりの節会)。〕
13辛酉。公卿百寮射於南門。二月癸酉朔乙亥。幸吉野宮。乙酉。至自吉野。三月癸卯朔乙巳。幸二槻宮。甲寅。
【辛酉かのととり〔十八日〕、公卿まへつきみ百寮もものつかさ、南門みなみのかど於に射いくひす。二月きさらき癸酉みずのととりを朔つきたちとして乙亥きのとゐ〔三日〕。吉野宮よしののみやに幸いでます。乙酉きのととり〔十三日〕、吉野よしの自より至かへりおはします。三月やよいの癸卯みずのとうを朔つきたちとして乙巳きのとみ〔三日〕。二槻宮ふたつきのみやに幸いでます。甲寅きのえとら〔十二日〕、】
〔十八日、公卿百官くぎょうひゃっかんが南門で大射を行なった。二月三日、吉野宮にお出でになり、十三日にお帰りになった。三月三日、二槻宮ふたつきのみや多武峯の西北にお出でになった。十二日、〕
14賜越度嶋蝦夷伊奈理武志。與肅愼志良守叡草。錦袍袴。緋紺絁斧等。夏四月壬申朔辛巳。遣使者祀廣瀬大忌神。
【越度嶋こしのわたりのしまの蝦夷えみし伊奈理武志いなりむし與と肅愼みしはせの志良守叡草しらすえさうに、錦にしきの袍袴きぬはかま緋紺ひはなだの絁ふとぎぬ斧をの等らを賜たまふ。夏なつ四月うつき壬申みずのえさるを朔つきたちとして辛巳かのとみ〔十日〕。使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ】
〔越の渡島こしのわたりのしまの、蝦夷伊奈利武志えみしいなりむしと、粛慎みしはせの志良寸歡草しらすえそうとに、錦の袍袴きぬはかま、緋紺の絁ひはなだのふとぎぬ、斧などを賜わった。四月十日、使者を遣わして広瀬大忌神ひろせのおおいみのかみ〕
15與龍田風神。戊戌。以追大貳授伊豫國風速郡物部藥。與肥後國皮石郡壬生諸石。并賜人絁四匹。絲十鈎。
【與と龍田たつたの風神かぜのかみとを祀まつらしむ。戊戌つちのえいぬ〔二十七日〕、追大貳ついだいにを以もちて、伊豫國いよのくにの風速郡かざはやのこほりの物部もののべの藥くすり與と肥後國ひのみちのしりのくにの皮石郡かはしのこほりの壬生みぶの諸石もろしに授さづけたまふ。并あはせて人ひとごとに絁ふとぎぬ四匹よむら絲いと十鈎とはかり】
〔と竜田風神たつたのかぜのかみとを祭らせた。二十七日、追大貳ついだいにの位を、伊予国風速郡いよのくにかぜはやのこおりの人である、物部薬もののべのくすりと肥後国皮石郡ひごのくにかわしのこおりの人である、壬生諸石みぶのもろしに授けられた。合せてそれぞれに絁ふとぎぬ四匹、糸十絢、〕
16布廿端。鍬廿口。稻一千束。水田四町。復戸調役。以慰久苦唐地。己亥。幸吉野宮。五月壬寅朔甲辰。
【布ぬの廿端はたむら鍬くは廿口はたわ稻いね一千束ちつか水田こなた四町よところ賜たまふ。戸への調役えつき復ゆるす。以もちて久ひさしく唐地もろこしのくにに苦くるしぶることを慰ねぎらひたまふ。己亥つちのとゐ〔二十八日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。五月さつき壬寅みずのえとらを朔つきたちとして甲辰きのえたつ〔三日〕。】
〔布二十端、鍬くわ二十口、稲千束、水田四町を賜わり、戸の調役を免じられた。長らく唐土で苦労したことを労わられてのことである百済救援の役に捕虜となったものか。二十八日、吉野宮にお出でになった。五月三日、〕
17詔大錦上秦造綱手。賜姓爲忌寸。乙巳。至自吉野。己酉。以直廣肆授尾張宿禰大隅。并賜水田四十町。甲寅。
【大錦上だいきむじやう秦造はたのみやつこ綱手つなてに詔みことのりして、姓かばねを賜たまひて忌寸いみきと爲したまふ。乙巳きのとみ〔四日〕、吉野よしの自より至かへりおはします。己酉つちのととり〔八日〕、直廣肆ぢきくわうしを以もちて、尾張おはりの宿禰すくね大隅おほすみに授さづけたまふ。并あはせて水田こなた四十町よそところ賜たまふ。甲寅きのえとら〔十三日〕、】
〔大錦上秦造綱手だいきんじょうはたのみやつこつなでに詔みことのりして、姓を賜わり忌寸いみきとされた。四日、吉野から帰られた。八日、直広肆じきこうしの位を、尾張宿禰大隅おわりのすくねおおすみに授けられ、合せて水田四十町を賜わった。十三日、〕
18以直廣肆贈大狛連百枝。并賜賻物。六月辛未朔戊子。幸吉野宮。丙申。至自吉野。秋七月辛丑朔。日有蝕之。
【直廣肆ぢきくわうしを以もちて、大狛連おほこまのむらじ百枝ももえにお贈ひてたまふ。并あはせて賻物はぶりもの賜たまふ。六月みなつき辛未かのとひつじを朔つきたちとして戊子つちのえね〔十八日〕。吉野宮よしののみやに幸いでます。丙申ひのえさる〔二十六日〕、吉野よしの自より至かへりおはします。秋あき七月ふみつき辛丑かのとうしの朔つきたち〔一日〕。日ひ蝕はえたること之ここに有あり。】
〔直広肆じきこうしの位を大狛連百枝おおこまのむらじももえに贈られ、合せて賻物はぶりものを賜わった。六月十八日、吉野宮よしののみやにお出でになり、二十六日にお帰りになった。秋七月一日、日蝕にっしょくがあった。〕
19壬寅。赦罪人。戊申。遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。庚戌。後皇子尊薨。(高市皇子)八月庚午朔甲午。
【壬寅みずのえとら〔二日〕、罪人つみびと赦ゆるす。戊申つちのえさる〔八日〕、使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせの大忌神おほいみのかみ與と龍田たつたの風神かぜのかみとを祀まつらしむ。庚戌かのえいぬ〔十日〕、後のちの皇子みこの尊みこと薨みうせましぬ(高市皇子)。八月はつき庚午かのえうまを朔つきたちとして甲午きのえうま〔二十五日〕。】
〔二日、罪人の赦免があった。八日、使者を遣わして広瀬大忌神ひろせのおおいみのかみと竜田風神たつたのかぜのかみとを祭らせた。十日、高市皇子尊たけちのみこのみことが薨去こうきょされた。八月二十五日、〕
20以直廣壹授多臣品治。并賜物。褒美元從之功與堅守關事。九月庚子朔甲寅。以直大壹贈若櫻部朝臣五百瀬。
【直廣壹ぢきくわういちを以もちて、多臣おほのおみ品治ほむちに授さづけたまふ。并あはせて物もの賜たまふ。元はじめより從したがひまつれる之の功いたはり與と堅かたく守關せきをまもれる事ことを褒美ほめたまふとなり。九月ながつき庚子かのえねを朔つきたちとして甲寅きのえとら〔十五日〕。直大壹ぢきだいいちを以もちて、若櫻部わかさくらべの朝臣あそみ五百瀬いほせに贈おひてたまふ。】
〔直広壱じきこういちの位を、多臣品治おおのおみほんじに授けられ、合せて物を賜わった。元から永くお仕えしてきた功績と、関守の役目をよく果たしてきたことを褒められたのである。九月十五日、直大壱じきだいいちの位を、若桜部朝臣五百瀬わかさくらべのあそんいおせに追贈され、〕
21并賜賻物。以顯元從之功。冬十月己巳朔乙酉。賜右大臣丹比眞人輿杖。以哀致事。庚寅。假賜正廣參位右大臣丹比眞人資人一百廿人。
【并あはせて賻物はぶりもの賜たまふ。以もちて元はじめより從したがひたてまつれる之の功いたはりを顯あらはしたまふとなり。冬ふゆ十月かむなつき己巳つちのとみを朔つきたちとして乙酉きのととり〔十七日〕。右大臣みぎのおほまへつきみ丹比たぢひの眞人まひとに輿こし杖つゑ賜たまふ。以もちて致おいてまかる事ことを哀かなしびたまふとなり。庚寅かのえとら〔二十二日〕、假かりに正廣參しやうくわうさむの位くらひ右大臣みぎのおほまへつきみ丹比たぢひの眞人まひとに、資人つかひびと一百廿人ももあまりはたたり賜たまふ。】
〔合せて賻物はぶりものを賜わった。長くお仕えした功績を顕賞されたのである。冬十月十七日、右大臣丹比真人みぎのおおいもうちぎみのたじひのまひとに輿こしと杖を賜わった。老年までよく仕えたことを悼いたまれたのである。二十二日、正広参位右大臣丹比真人しょうこうさんいみぎのおおいもうちぎみたじひのまひとに、仮に舍人とねりを百二十人を私用することを許された。〕
22正廣肆大納言阿倍朝臣御主人。大伴宿禰御行並八十人。直廣壹石上朝臣麿。直廣貳藤原朝臣不比等並五十人。
【正廣肆しやうくわうし大納言おほきものまうすつかさ阿倍あへの朝臣あそみ御主人みぬし大伴おほともの宿禰すくね御行みゆきには、並ならびに八十人やそたり。直廣壹ぢきくわういち石上いそのかみの朝臣あそみ麿呂まろ直廣貳ぢきくわうに藤原ふぢはらの朝臣あそみ不比等ふひとには、並ならびに五十人いそたり。】
〔正広肆大納言阿倍朝臣御主人しょうこうしだいなごんあべのあそんみぬし、大伴宿禰御行おおとものすくねみゆきには、それぞれ八十人を、直広壱石上朝臣麻呂じきこういちいそのかみあそんまろ、直広貳藤原朝臣不比等じきこうにふじわらのあそんふひとには、それぞれ五十人を許された。〕
23戊申。賜大官大寺沙門弁通食封卅戸。十二月己巳朔。勅旨縁讀金光明經。毎年十二月晦日。度淨行者一十人。
【戊申つちのえさる〔十日〕、大官だいくわん大寺だいじの沙門ほふし弁通べんつうに、食封へひと卅戸よそへ賜たまふ。十二月しはす己巳つちのとみの朔つきたち〔一日〕。勅旨みことのりし、金光明經こむくわうみやうぎやうを讀よましむるに縁よりて、年とし毎ごとの十二月しはす晦みそかの日ひに、淨行者おこなひひと一十人とたり度いへでせしむ。】
〔十一月十日、大官大寺だいかんだいじの沙門ほうしの弁通べんつうに食封へひと四十戸を賜わった。十二月一日、勅ちょくして金光明経こんこうみょうぎょうを読ませるため、毎年十二月晦日つごもりに浄行者おこないひと素行の良い者十人を得度とくどさせることを告げられた。〕
24十一年春正月甲辰。饗公卿大夫等。戊申。賜天下鰥寡孤獨篤癃。貧不能自在者稻。各有差。癸丑。饗公卿百寮。
【十一年とあまりひととせ春はる正月むつき甲辰きのえたつ〔七日〕、公卿大夫まへつきみ等たちに饗あへたまふ。戊申つちのえさる〔十一日〕、天下あめのしたの鰥寡やもめ孤獨ひとりひと篤癃あつえひと貧まづしくして自みづから在わたらふこと不能あたはざる者ものに稻いね賜たまふこと、各おのおの差しな有あり。癸丑みずのとうし〔十六日〕、公卿まへつきみ百寮もものつかさに饗あへたまふ。】
〔十一年春一月七日、公卿大夫まえつきみたちらに饗を賜わった白馬の節会。十一日、全国の鰥寡やもめ、孤独、篤癃あつえひと貧窮のため生活困難の者に、それぞれ稲を賜わった。十六日、公卿百官くぎょうひゃっかんに饗を賜わった(蹈歌あられはあしりの節会)。〕
25二月丁卯朔甲午。以直廣壹當麻眞人國見爲東宮大傅。直廣參路眞人跡見爲春宮大夫。直大肆巨勢朝臣粟持爲亮。
【二月きさらき丁卯ひのとうを朔つきたちとして甲午きのえうま〔二十八日〕。直廣壹ぢきくわういち當麻たぎまの眞人まひと國見くにみを以もちて、東宮みこのみやの大傅おほきかしづきと爲す。直廣參ぢきくわうさむ路みちの眞人まひと跡見とみをもて春宮みこのみやの大夫つかさのかみと爲す。直大肆ぢきだいし巨勢こせの朝臣あそみ粟持あはもちをもて亮すけと爲す。】
〔二月二十八日、直広壱当麻真人国見じきこういちたぎまのまひとくにみを東宮大傅みこのみやのおおきかしずきとした。直広参路真人跡見じきこうさんみちのまひととみを春宮大夫みこのみやのつかさのかみとした軽皇子かるのみこの立太子による。直大肆巨勢朝臣粟持じきだいしこせのあそんあわもちを亮すけ(次官)とした。〕
26三月丁酉朔甲辰。設無遮大會於春宮。夏四月丙寅朔己巳。授滿選者淨位至直位。各有差。壬申。幸吉野宮。
【三月やよい丁酉ひのととりを朔つきたちとして甲辰きのえたつ〔八日〕。遮かぎり無なき大會をがみを春宮みこのみや於に設まうく。夏なつ四月うつき丙寅ひのえとらを朔つきたちとして己巳つちのとみ〔四日〕。滿選者かうぶりたまへるべきひとに、淨位じやうゐより直位ぢきゐに至いたるまでを授さづけたまふこと、各おのおの差しな有あり。壬申みずのえさる〔七日〕、吉野宮よしののみやに幸いでます。】
〔三月八日、無遮大会かぎりなきおがみを春宮みこのみやで行なった。夏四月四日、満選者こうぶりたまわるべきひと六年の期限が満ちて授位される資格のある者に浄位じょういより直位じきいに至る位を、それぞれ授けられた。七日、吉野宮よしののみやにお出でになった。〕
27己卯。遣使者祀廣瀬與龍田▼是日。至自吉野五月丙申朔癸卯。遣大夫謁者詣諸社請雨。六月丙寅朔丁卯。
【己卯つちのとう〔十四日〕、使者つかひを遣まだし、廣瀬ひろせ與と龍田たつたを祀まつらしむ。▼是この日ひ、吉野よしの自より至かへりおはします。五月さつき丙申ひのえさるを朔つきたちとして癸卯みずのとう〔八日〕。大夫まへつきみ謁者ものまうしひとを遣まだし、諸社もろもろのやしろに詣まうでて雨あま請ごひす。六月みなつき丙寅ひのえとらを朔つきたちとして丁卯ひのとう〔二日〕。】
〔十四日、使者を遣わし広瀬ひろせと竜田たつたを祭らせた。この日、吉野から帰られた。五月八日、大夫、謁者を遣わして、諸社に詣もうでて雨乞いをさせた。六月二日、〕
28赦罪人。辛未。詔。讀經於京畿諸寺。辛巳。遣五位以上掃灑京寺。甲申。班幣於神祇。
【罪人つみびとを赦ゆるす。辛未かのとひつじ〔六日〕、詔みことのりして經きやうを京畿みやこうちつくにの諸寺もろもろのてら於に讀よましむ。辛巳かのとみ〔十六日〕、五位いつつのくらゐより以上かみを遣つかはし、京みやこの寺てらを掃はらひ灑きよめしむ。甲申きのえさる〔十九日〕、幣みてぐらを神あまつかみ祇くにつかみ於に班あかちまだしたまふ。】
〔罪人を赦された。六日、詔みことのりして経きょうを京畿みやこうちつくにの諸寺に読ませた。十六日、五位以上を遣わして、京みやこの寺を祓はらい清めさせた。十九日、幣帛みてぐらを神々に奉った。〕
29辛卯公卿百寮。始造爲天皇病所願佛像。癸卯。遣大夫謁者詣諸社請雨。
【辛卯かのとう〔二十六日〕、公卿まへつきみ百寮もものつかさ、始はじめて天皇すめらみことの病みやまひの爲ために、願こひちかへる所ところの佛像ほとけのみかたを造つくる。癸卯みずのとう〔二十八日〕、大夫まへつきみ謁者ものまうしひとを遣まだし、諸社もろもろのやしろに詣まうでて雨あま請ごひす。】
〔二十六日、公卿百官くぎょうひゃっかんは天皇の病気平癒へいゆを祈り、仏像を造ることを始めた。二十八日、大夫まえつきみ、謁者を遣わして諸社に詣でて雨乞いをさせた。〕
16天皇譲位
1秋七月乙未朔辛丑。夜半赦常嬰盜賊一百九人。仍賜布人四常。但外國者稻人廿束。丙午。遣使者祀廣瀬與龍田。
【秋あき七月ふみつき乙未きのとひつじを朔つきたちとして辛丑かのとうし〔七日〕。夜半よなかに、常嬰ひた盜賊ぬすびと一百九人ももあまりここのたりを赦ゆるしたまふ。仍なほ、布ぬの人ひとごとに四常よきだ賜たまふ。但ただし外國者とつくにびとは、稻いね人ひとごとに廿束はたつか。丙午ひのえうま〔十二日〕、使者つかひを遣まだし廣瀬ひろせ與と龍田たつたを祀まつらしむ。】
〔秋七月七日の夜半に、直盗賊(捕縛されている盗賊)百九人の赦免を決めた。なお、人ごとに布四常を賜わった。ただし畿外の人には稲二十束ずつであった。十二日、使者を遣わして広瀬と竜田を祭らせた。〕
2癸亥。公卿百寮設開佛眼會於藥師寺。八月乙丑朔。天皇定策禁中禪天皇位於皇太子。
【癸亥みずのとゐ〔二十九日〕、公卿まへつきみ百寮もものつかさは佛ほとけの眼みめ開あらはしまつる會をがみを藥師寺やくしじ於に設まうく。八月はつき乙丑きのとうしの朔つきたち〔一日〕、天皇すめらみこと、策みはかりを禁中おほうちに定さだめ、皇太子ひつぎのみこ於に天皇すめらみことの位くらゐを禪ゆずりたまふ。】
〔二十九日、公卿百察は祈願の仏像の開眼式を、薬師寺で行なった。八月一日、天皇は宮中での策を決定されて、皇太子(文武天皇)に天皇の位をお譲りになった。〕