「次は境橋、境橋」
電車のアナウンスが流れる。
菜の花がたくさんたくさん咲いている景色が横に流れた。
僕は今の季節が春を迎えてることにハッとし、それが眩しかった。
菜の花畑を見たさに境橋で降りたのは僕だけで、まるで秘密の場所に降りたみたいで少し笑えた。
なのはーなばたけーに
いりーひうすれー
みわたーすやまのーは
かーすーみふかしー
その後がなぜか思い出せなかった。
田圃道をずっとずっと歩いて行くと
そこにさっき横に通り過ぎていった菜の花畑が広がっていた。
青臭いような春の匂いがした。
僕は土手に座り菜の花たちを眺めた。
それは誰に言われたわけでもない、背筋がぴんとした黄色いやさしい花々がお行儀よく並んでいた。
春の心地よさをカラダ目一杯に感じながら、
僕はあることを思い返していた。
それは死んだ妻のことだった。
妻はバリバリのキャリアウーマンで、僕たちは子供がいなかった。彼女はその時の生活に満足していたし、彼女と僕の共同生活は居心地がよく新鮮なものだった。
彼女は料理をしたことがなかったし、僕は料理をこしらえるのが苦ではなかった。代わりに彼女は花を生けたり、掃除をしたりした。僕らは趣味嗜好が全く逆なのに、それをお互いが楽しめるという不思議な関係だった。だから、彼女のすきなチキチキボーンを僕はたまに食べて味見をしたりすることもしばしばで、反対に僕のすきな太宰治の斜陽を、意味わかんないといいながらも熟読したりする間柄だった。
彼女が亡くなったのは冬から春へと移り変わる今日みたいな青く澄んだそらの日だった。