日常の話です。
先日、いつものごとく息子の練習を見学に行くと、いつも一緒になる二年生のお父さんがいらっしゃいました。
息子のスパイクがちょっとかぶり気味なのを見て、息子と話すことがあったときに、
「ちょっとかぶりぎみじゃない?」と言ったところ息子が、
「そうなんです、気をつけてるんですけど~」と返したそうです。
それを聞いて私がありがとうございます~とそのお父さんにお礼をいうと、ホッとした感じで愚痴ってきました。
試合のときに失敗したときに「あ~」と言うのとか、選手にダメ出し伝えるのとかが不快に感じているという他の保護者がいると指摘があったそうです。
そのお父さんはダメ出しをしているだけではなく、応援も人一倍しています。いつも車出しをしてくれて子供達全員と仲が良い。
ある会では指導者だけがコメントしているところに三年生が指名してコメントしてもらったりするくらい溶け込んでいます。
そんな関係性だったところに「ダメ出しが不快だ、指導者でもないのに」みたいに言われてガックリしておりました。
恐らくはそういうことを言うのは、普段は全く顔もださず子供がどんな練習をしているかも知らないで大会だけ応援に来て、声もださず見ているだけの保護者さんだと思います。
こういう人がたまにいます。
全体のことは見ずに、目先の倫理観だけで正義を押し付けてくる人。
自分が不快だということを伝えることは当然の権利だと思って疑わない人。
やる気のある人たちの気持ちをそぐ人。
その行為の先の責任は取らず発信していく、まさに子供のような大人。
そのお父さんがすべて正しいわけではないと思います。
確かにダメ出しが不要なときや、言わない方が良いときもあるでしょう。
ただそれは選手との関係性で許される範囲であり、逆にそのお父さんのチームや選手への貢献はとても大きい。
それをそのダメな部分だけやめさせようとする行為は、そのお父さん自体のやる気をそいでしまう可能性を考えれば簡単におこなっていいことではないと思います。
そういう人に言われたことを気にすることはないとわかってはいますがそれでも気持ちは落ち込むものです。
いろんな親がいるし、よく見に来ている親や本気の子供の親はそんなこと思ってないですよ、と伝えて、
「でもこれから愚痴やダメ出しは私と二人だけでガンガンやりましょうw」
という話になり笑っていました。
今の世の中は甘い。
子供にダメ出ししないでほめるだけがいつまで通用するのでしょう。人生でほめられるだけで過ごしていけますか?
クラブチームという自分の意志で来ているはずのところでほめられるだけを望んでいることが矛盾していると思いませんか?
忙しいので普段来れない保護者さんも多い。それ自体は問題ありません。ただ普段も黙っているなら、全部黙っていてほしいと思った出来事でした。
今日は落ちがないなw