西村真悟氏の時事通信よりの転載です・・・・・・・・・


 あまりにも馬鹿馬鹿しい発言を残して、さっさと入院した小沢一郎の件に関し、当初はあほらしくて何も言うまいと思った。しかしやはり言っておこうと思いなおした。

総理大臣になった野田氏の「ドジョウ」といい、この度の小沢氏の記者会見といい、ことごとく、日本国内の狭い封鎖社会を想定した甘えた発言であり、日本が存在する国際社会を意識していないからである


 ドジョウとは、英語、フランス語、ドイツ語またはロシア語など、少なくともサミット参加国では、何と訳すのだろうか。そして、各国ではどういうイメージを持った魚なのか。これを知った上で、野田氏は自らを「ドジョウ」になぞらえたのか。

 仮に、我が国以外の国では、ドジョウは泥の中で腐った死肉やヘドロを食う汚い魚と言うイメージで語られているならば、野田氏が総理としてその国を訪問するときに、「ドジョウが来る」と報じられれば、「汚い卑しい奴が来る」と報じられるのと同じ意味となる。

                中略

 しかし、小沢氏の、自身が被告人となった刑事裁判の第一公判後の発言は、決定的に日本を貶めた発言となった。

何故なら、小沢氏は、我が国をリビアのカダフィー体制下の国や北朝鮮や中共と同レベルの政治体制下の国だと言ったからだ。

 カダフィーのリビヤや北朝鮮や中共では、権力者に逆らうものは、投獄され抹殺される。国民の人権保障の体制がなく民主主義もない。

 そして、小沢氏は記者会見で、自分自身を、国家権力を乱用する検察から政治的に抹殺するための執拗な攻撃を受けている犠牲者だと位置づけたのだ。つまり小沢氏は、人権保障も政治的自由も無い日本で、自分は刑事被告人とされている。裁判自体が不当だと、語ったのである。



 この小沢氏の極めて幼稚な発言を聞いて、更に記者に対する攻撃的な表情を見て、それから夕食を食べてからゴマすりの指示による取り巻きの拍手で見送られる得意な笑顔をみて、チャンチャラおかしく馬鹿馬鹿しく、何も書く気にもならなかった。

 しかし、不幸にして我が国政治の世界において、小沢氏は「大物」である。したがって、この小沢氏の発言が如何に我が国を貶しめたか、日本国民の名誉を損なったか、これは指摘しておかねばならないだろう



 小沢氏の発言により、悪意を以て我が国を取り巻く諸国は、次のように揚げ足を取ってくる手段を手に入れた。

 小沢氏が言うように、やはり、日本には、公正な刑事司法は無い。その代わりに、政治的意図で権力を乱用する検察がある。その恐怖政治のもとで日本国民は羊のように抑圧され、民度は極めて低い。

 したがって、小沢氏の発言は、「お前だけには言われたくない」と言う国から、次のような日本非難を呼び込むだろう。例えば、

中共から

「やはり日本には法と正義は無く、昨年9月の日本政府の尖閣沖での中国船長逮捕は、極めて不当なものであった事が裏付けられた」

「日本政府は、在日中国人の生活保護申請を邪魔して、不当に弾圧している」

「我が人民解放軍野戦司令官は、日本解放まであち一歩という信念のもとに野蛮な日本の検察を相手に戦っている、彼を応援して日本を解放しよう」

北朝鮮から

「日本に抑圧されているのは小沢同胞だけではない、日本政府は多くの在日朝鮮人の人権を不当に弾圧している」

「やはり、日本には法も正義も無く、日本政府の北朝鮮による日本人拉致は、でっちあげだった」



 最後に、小沢氏の公判廷と記者会見での発言は、昭和40年代の大学紛争時の過激派のパターン化された思考形態が、化石のように小沢氏の頭に残っている事を示したのだ。

 驚くべきことではあるが、小沢氏は、大学紛争時の極めて低級で幼稚な頭から何も変わっていないのである。そして、類は友を呼ぶ。同じようにそのころから何も変わっていない弁護士の理屈に、藁をも掴む思いでしたがっているのだ。

 ということは、小沢氏自ら、菅直人同様に学生時代から正真正銘の左翼だった事を証明したことになる。

 あの昭和40年代当時の過激派は、何かあれば、国家権力の横暴と抑圧から人民を解放すると叫び、自らを何時も国家権力に抑圧されている犠牲者だと位置づけていた。

 三理塚闘争。新宿騒乱・日大闘争・安田講堂事件・浅間山山荘事件・日本赤軍、皆そうである。

 そして、その時の日本赤軍的アジ演説を、40数年後に、事もあろうに小沢氏の自己弁護の記者会見で聞いた次第だ。



 思わず、ほほ笑むほど馬鹿馬鹿しく、ちゃんちゃらおかしかった。

 そして思った。あほな理屈に逃げ込むな。正々堂々とせよ。



  なお、言っておく。

  検察も人間の組織である。時に権力の乱用もある。

  その検察による権力の乱用を受け、それと戦ってきたのは、

  この私だ。



西村先生とは以前何度かお話する機会がありました。時事通信で書かれる、一見過激と思われる表現と、実際お話される言葉と、全く差異はありません。

時には大丈夫ですか?と聞きなおしたいこともあります。でもこの人の言葉には裏表が無いことは、間違いないと思います。小沢一郎という政治家は、何故か熱狂的な支持者が存在します。しかしこの人に日本が一番大事という、政治家として最も基本的な考え方がそんざいしているでしょうか?私にはそうは、思えません。小沢信仰はもういい加減にしませんか。日本を貶める政治家にはもう辟易です。私たちはもう少し自分の国・歴史に自信を持ちましょう。