私は若いころから今まで、人生の大部分の時間を割いて、得体のしれない精神的な不調と戦ってきました。
対人恐怖症は一人で海外を放浪していたら、外に出るとき前ほど緊張しなくなりました。
昼夜逆転の生活は、インドで断酒や瞑想修行をして、そのモチベーションのままタイで働いていたら、突然朝4時に起きることができるようになりました。
アルコール依存症は、インドのお酒を買うことができない町で瞑想道場に入りました。そこで克服しました。ビールが飲みたくても町には売っていませんから、どんなに飲みたくてもないものは仕方がありません。
でも以前一度、スリランカに行ったとき、スリランカでは月に一度、満月の日をポヤデイといって、全国で酒を売らなくなる日があります。それを知らなかった私は、とにかくそこら中にいる人に声をかけて、酒を売っているところをしらないか?もしくは家に酒があったら分けてくれないか?と聞いて周って家にあった人から買いました。
一度バングラデッシュに就職が決まっていた時も、バングラはイスラム教だからアルコールがないんじゃないか?という不安から就職を蹴ってインドで就職先をみつけたこともあります。
アルコール依存症はとかく飲みたい気持ちが勝ってしまって、それを取り除くのは結構厄介でした。
ただ、あの瞑想施設に入ったときは、とくに酒を止めようとは思っていなかったのですが、確かにあの時のインドの旅では、インドではどこの町でも酒はあまりあからさまには売っていないので、別に酒を許可されている州や町であっても、観光地じゃない場合は、酒屋やバーなどを見つけるのにも結構苦労が必要で、移動の際、夜に町に着くと、酒屋が閉まっていたりします。その時間も計算しながら旅行をしていましたが、結構飲みにくい雰囲気の国でもあって、酒量はだんだんと減っていました。
そこで最後に聖地と言われる酒の手に入らない場所で瞑想施設でとにかくアラームで無理やり朝五時に起きて参加者全員で瞑想をしました。その後はもちろん寝るのですが。
私も突然酒を止めたわけではないと思います。恐らくウイスキーを持ち込んでいたと思いますので、飲みたくなったら飲んでいたと思います。
しかしこの聖地、と言いますか、インド自体ですかね。アメリカ並みに簡単に大麻が手に入ります。特に聖地には、ニルヴァナ、エンライトメント、涅槃つまり悟りですね。悟りを目指す人々が世界各地から集まってきてヨガや瞑想を学びますので、悟りの一環として大麻を使う人が多く、ことさらここはインドの中でも大麻が仕入れやすい所でした。
そんな事情もまた私に幸いしました。
私は酒が飲みたくなるたびに、大麻を使いました。
酒の酔いは凄く強いですが、大麻の酔いもマイルドではありますが、酒の酔いのような感覚を得られることができますので、私はそれを酒の代用品として使い、酒のいつもの禁断症状が出るたびに大麻を吸いました。
大麻断酒法といいましょうか。
それが功を奏したんですかね。
私はその方法で断酒することに成功しました。
あれは忘れもしません。2012年の10月のことですから、来月で断酒10年です。
日本では大麻は非合法なので、この方法での断酒はできませんし、大麻と聞くと麻薬と思ってしまう方も多いと思いますが、お酒やたばこよりも常習性は低いので、一旦お酒を大麻に変えて、それから大麻も止めてしまうほうが精神的肉体的にはきつくないと思います。
しかも大麻は国によっては手に入らないところが多いので、そういう国に行ってしまえば、自然と止められので、大麻の代わりに精神安定剤を飲んだりするのもいいかもしれませんが、それは世間的にいいだけで、精神安定剤や睡眠導入剤はあれ全部毒です。化学薬品なので、体には著しく悪いでしょうね。天然由来の大麻のほうがいいと思うのですが、石油から生成する化学薬品のほうが結局お金になるのでしょうね。患者さんの脳や体のことはお構いなしのマネーゲームですね。
精神疾患も医者なのか、製薬会社なのか、政府なのか、それともそれら全部なのか、とかく二束三文の石油化工品しかも危険薬物のベンゾジアゼピン酸を患者にどんどん処方するんですよね。
大麻は止められてもこんど化学薬品は依存してしまうことが多いですから、注意が必要ですね。
とにかく、そんな感じで私は断酒することには成功しました。
ただ境界性人格障害ですね。
これだけは克服できません。
自分のどの考えが認知の歪みからくるものなのかが全くつかめないのです。
しかもこの境界性人格障害という病名というのでしょうかね。症状というのでしょうかね。
自分がこれに当てはまるというのもずいぶん最近になってからわかったことです。
せめて20代くらいになってわかっていたなら、もっと対処方法は見つけられたかもしれませんが、私が全くばっちりこの症状に当てはまるとわかったのは、酒乱の時期でしたね。
あのころは酒を飲むと他人に迷惑をかけすぎて困っていました。
酒を飲めば自分は止めたいと思っていても、無意識に喧嘩したり口論したりしていたので、このままではいずれは他人を傷つけて逮捕されるだろうと思っていました。
だから他人を傷つける前に捕まることはできないのか?そういうことを相談するのはどこに相談すればいいのだろうか?と考えた結果、「いのちの電話」に電話しました。
「いのちの電話」は予想以上につながらず、世の中にはこんなに自殺を考えている人が多いのかと、日本に若干引きました。
何分でしょうかね。または何時間でしょうかね。「いのちの電話」が応答するまで待ちました。
そしてやっと人と話すことができました。
そこで「自分はアル中で、飲むと知人だろうが他人だろうが喧嘩したり、暴言を吐いたりするので、大事になる前に捕まえてほしいんですけど」というようなことを言うと、「いのちの電話」の人は、「こちらは自殺を考えている方専用のダイヤルですので、これから私が言う病院に行って相談してみて下さい」と病院名を挙げました。
私はいろいろな心療内科や精神病院は受診したことがありましたが、その病院へは行ったことがない名前でした。
後日そこに行って先生に相談すると、軽度の鬱、対人恐怖症、アルコール依存症、そして境界背人格障害による著しい認知の歪みと診断されて、それからその病名に興味を持つようになったんですね。
このうち、境界性人格障害からくる認知の歪みだけは克服できずに今に至ります。
つい2か月前に会社をクビになっていますが、これも認知の歪みによるものだと思っています。
ここ数年激怒することも減っていたので、あまり境界性人格障害ということを意識していなかったのですが、クビになったことで、ひょっとして自分の考えっておかしいんじゃないか。と思って改めてこの人格障害と向き合っているのですが、まあこれが原因かと思うのですが、かれこれ得体のしれない心の不調に悩まされてかれこれ30年以上でしょうかね。
ほんとうにこの症状を取り除くために、35年くらいの人生を費やしてきたのですが、いまだに境界性人格障害だけは克服できません。
しかしそんなこんなでもう50歳に手が届きそうな歳になってしまいました。
いやあ、結局私の人生はこの症状に振り回されました。この症状の克服のために人生を費やしましたが、最近のクビによって突然視界が開けたんですね。見えなかったものが見えてしまったと言いますかね。
今までは歳なんて気にすることもなく、この精神的不調が治りさえすれば、私は何にだってなれると自信のようなものさえあったのに、クビになって思ったんですね。
あれ?一体自分は何をやっていたんだろう?なんの経験もない上に、認知まで歪んでいるじゃないか!病を克服することにあまりにもフォーカスしすぎたために、働くことを二の次にしてしまいましたね。それで今更、あっ!私の歳ではもう就職がない!
こんな感じになって、認知の歪みはとれず、仕事もない状態に将来の不安が悩みの種として浮上してきたんですね。
私はカウンセリングや自助サークルなどには参加したことがありませんから、それの効果がどのくらいなのかわかりません。
しかしここまで来て言えることは、人格障害は性格だということです。
性格だから治りません。
いや、カウンセリングや自助サークルで治るのかもしれませんが、私はここまで35年以上にわたり、病の克服に人生をかけてきましたが、こればかりは克服できなかったので、現在人格障害で悩んでいる方は、治そうとするのではなく、性格だと思ってつきあっていったほうがいいと思います。
性格なので、時に悪い部分がでてきて、私のように何物にも依存しやすい面が出たり、急に抑えがたい怒りがでたり、人から見捨てられたくない一心で騙されたり、自分が正しいと思い込むあまりに上司と喧嘩してクビになったりと、まあ生きていく上では結構邪魔な考えですよね。
でも、人格障害なので、こういったアクシデンツはつきものだと思ったほうがよさそうですね。
もうこの考えでずっと生きてきたから、今更どこまでが認知の歪みで、どこからが正常な考えかなんてわかりませんからね。
だから私は最近こうやって考えていますよ。
「だって認知が歪んでるんだから仕方ないじゃん!」って。
だからもう普通の人が歩んでいる人生を歩もうなんて考えてはいけませんね。
だって元々性格が違うんですから。
一般の人に当てはまることが自分にも当てはまると思ったら火傷しますよ。
私も自分はできると思ってきましたが、そもそも根本的な性格が違うので、他人に会わせることはできないんでしょうね。
でもそんな私にもできることはきっとあるはずなので、そんなことをしていったらいいのかと思います。
40代後半で無職という事実はかわりませんが、これをダメだととらえるか、仕方ないととらえるかで、ずいぶん将来が変わってくると思いますね。
私も今まででダメだと捉えて過去を悔やんできましたが、こんな性格じゃこうなって当然だし過去を悔やんでも時間は戻りませんので、仕方がないですね。
まあ、克服のために若いころから世界中旅できたおかげで世界中に友達もできたし、もちろん一般の日本人に比べれば英語はできるほうだと思います。それに人格障害者の例にもれず、セックスにもとても興味があったので、セックスもとってもたくさんしたので、加藤容疑者のようにもならずにすみました。
人格障害のおかげで、一般の人が一生懸命会社と自宅の往復をして自分の人生の大半を費やしてきたのに対し、私は若くて感受性の強い時に世界を周ることができたので、今無職だからと言ってその人生自体がダメなのかというと、案外社畜よりはいい人生だったのかもしれませんね。
まあダメだとしてもそう思っていたほうが得した感じになりますからね。そう思うことにしています。といいますか、この性格で生まれてきた以上今ある私が正解なんだと思います。
それ以下の私でも以上の私でもありません。
私はこのままでは老後2000万円なんて無理ですね。海外にいるので、正社員どころか、派遣だってバイトだってないので、インカムがありませんね。
だから今晩日本に帰って、ちょっとアルバイトか派遣社員をしようと思います。雇ってくれるところがあればの話ですがね。
それで嫌になったら辞めて帰ってくればいいし、できそうなら続けようと思います。
まあ、今更勝ち組になろうとか、年収500万行こうとか思いません。だってやっと気づいたんですが、私は他の人と違うんですから、全く違ったゴールを設定しなければなりませんね。
まあこの性格である以上世間の風当たりは強いですけどね。
仕方ないですね。どういうわけかこの性格で生まれてきてしまったんですからね。でも生まれてきた以上きっと私にも居場所ってあると思います。
居場所のない人がこの世に生まれてくるとは考えにくいですからね。
ただ、人格障害の方にアドバイスができるとすれば、一般人と同じものを欲しがったり、したりしてはいけない。自分独自の道を切り開き、ゴールを設定しなければならないということです。
きっと人々にも著しく迷惑をかけると思いますが、仕方がないです。社会の許容範囲内です。
それよりも、自分の人格障害がどれにあたるのか、きちんと把握することが大切だと思います。
結構人格障害の方は無自覚に生きている人が多いです。そうなるとトラブルも多いので。
自分が人格障害だとわかっていれば、自分の意見を強く主張することもなくなると思うし、失敗して落ち込むことも少なくなると思います。
だって失敗するのが普通ですから。
とりあえずマイペースです。
根本が違うんですから他人と比べても仕方がありません。時間の無駄です。
どうやら私は最近そのことには気が付いたようですよ。