いやあ、昨日はとても悩んだ一日でした。
といいますのも、私の知人が月5万で仕事しないか?と言ってきたからです。
月5万は安すぎますが、私は日がな一日何もやることがないので、給料はさておき何かしなければとは思っていたのでちょうどよかったのですが、業務内容をみると、彼が日本でしている仕事をそのままタイでやろうとしています。
そして私にお願いしたい5万円分の仕事というのは、彼が日本で日本人スタッフに行わせている全業務を5万円で私にやってほしいということでした。
暇だから絶対に何かしたほうがいいに決まっているんです。絶対に。
だけど、どういう意図で彼がこの仕事をふってきたのかと思うと、やりたくないという気持ちもあります。
私は彼の意図をこう受け取りました。
こっちで日本人を雇うと20万はかかります。でも私ならば5万でもやってくれそうだ。と。
完全に足元を見られているようでやりたくないと思ったのです。
しかし、こう考えると妙ですね。
私は暇すぎてお金払ってでも暇つぶししたいと思っている毎日だし、暇つぶしできるうえに少ないとはいえお金をもらえるのだから申し分ないはずなのですが、人間には騙されたくないという心理が働くんですね。
余計な感情を抜きにして客観的に考えると働いたほうが絶対得なのに、私はこの人のためには働きたくくらいなら、働かないほうがましだ。という感情も同時に芽生えてしまうのです。
お店などでも、売れなければ商品は廃棄処分になるというのに、めちゃくちゃな安売りはせずに、廃棄処分になっていく商品をよく見ます。
そのたびになんで捨てるくらいなら値段を下げてただ同然でもいいから売ればいいのに?と思ったことがあります。
タイのタクシーにもそう思ったことがあります。
こっちのタクシーは運転手が行きたくないときは普通に乗車拒否をしてきます。
ただ、ある日、老人を連れていたので、たったの数百メートルの距離を乗ろうとして、乗車拒否をされたことがありましたが、そのタクシーは私たちを乗車拒否した後、私が「あそこまで行ってください」といったところを普通に通り過ぎて走り去ったのです。
あれならあそこまで私たちを乗せてお金を稼いだほうがいいと思うのになぜだろう?私なら乗せただろうな?と思いました。
でも今回の私のケースはそれと同じなのかもしれませんね。
実際生活は困っているし暇で仕方がない。でも5万じゃ嫌だ。しかもこんな無茶言ってくるやつの手伝いなんかしたくない。
という考えが浮かんできたんです。
なんなんですかね。
以前YouTubeで聞いたことがあるんですね。
日本人は自分の不利益になっても、復讐を考える民族なんだそうです。
私は掲示板などで悪口を書いている人などをみて、気持ちが理解できないと思っていたのですが、こういう方々は著しくプライドを傷つけられたのかもしれませんね。
しかしこの行為は一時の感情に任せて動くという行為ではないでしょうかね?
感情で物事を判断すると必ず失敗するんですよね。
それで私はこの仕事を受けたんです。
しかし受けたとたんに、どうやって仕事を処理していくかを考えたところ、とうてい彼が割り出した、「週8時間程度のお仕事ですから月5万円は妥当です」という範囲には収まらないように感じたのですね。
そしてここで私がこの仕事を受けてしまうと、彼は今後もずっとタイに駐在員を置かず、私に5万円で、日本で複数の社員に何十万円も支払っている作業をさせ続けるだろうとも思ったのです。
受けたとたんに次々とやりたくない理由を探そうとする自分がいました。
どうしてなんでしょうかね?
こういう話も聞いたことがあります。
人が生きるルールとして、「絶対に死んではいけない」という掟があって、人というか動物は、どうやら第一条件が「死なないこと」らしいのです。
この生物にとっての一番大切な掟が「死なないこと」なのですから、普通、人間は変化を嫌います。動物に至っては変化の必要性を考える高次元脳もないと思うので、動物の生活は太古の昔から何も変わりませんね。
でも人間はそうじゃなかったのですね。
変化とは、時に人に苦痛を与えます。
今までのようにぬくぬくと生活していれば死ぬことはありません。ただ、このまま行くと将来滅亡するかもしれないとなると、いつかは変化を迫られるでしょう。
ただ、変化することはたやすいことではありません。今までやったことがないことをするので、場合によっては死んでしまうこともあるでしょう。
だから、死ぬ危険性があるなら、別に今までの生活は楽しくもないけど苦しくもないんだから現状を維持したほうがいいということになり、変化の悪材料を見つけようとするんですね。
動物の本能としての継続か、人間だけが持つ変化か。
そんなところで昨日は非常に葛藤しました。
引き受けてからは、自分の損得を考えすぎて、ネットフリックスにも集中できず、じゃあ、寝ながら考えようと思って早めに横になったら「私は騙されてる」という声ばかり聞こえてきて全く眠れません。
そしてもうこれではだめだ。自分が騙されていると思うと何事も手につかない。
そう思って深夜にラインで断りました。
そのとたん、気分が晴れたどころか、断ったら断ったで今度はその判断は正しかったのだろうか?という考えが浮かんでくるのです。
恐らくここでこの仕事を引き受けていたら少なくとも自分の生活は変わりましたね。そして今の私は変化を望んでいたはずなのに、元の死なない生活を選択したんです。
人生において「今が変われるチャンス」という瞬間はそうそうありません。
この場合、絶対に変化を望んだほうがよくも悪くも必ず変わるのでいいと思います。
未だに私の選択は間違っているとは思います。
ただ、嫌な奴の下で嫌な奴のために働くのはもっと嫌です。