皆さんは他人の幸せを心から祝福できますか?
私は幸せな人とは他人の幸せを自分の幸せのように祝福できる人だと思います。
今の私にはそのかけらもなく、日本をディスる割には、他人の不幸を願う典型的な日本人になってしまいましたが、この考えをしていると、一生つまらない人生を送ってしまいます。
といいますのも、私はほんとうに一瞬だったのですが、人生が楽しいと思えた時期がありました。
その時の私はどんな考え方をしていたかというと、他人の幸せを祝福できる人間とまではいかなかったような気はしますが、何事にも感謝していたような気がしました。
こんなことを言うと宗教っぽくなってしまいますが、本当の話です。
「笑う門には福来る」とか「プラス思考」って科学では解明できてないのですが、これって人生を豊かにする考えです。
私は今でも結構どん底なんですが、今以上にどん底で救いようのない時代がありました。
あの時の私はひどかった。
アル中、DV、とんでもない怒り、抑うつ気分、感情の表出など。
酒はもうやめようと思っても、やめられず、飲めば暴言や時には暴力、このままでは警察に捕まる。でも警察は事件後でないと動いてくれないし、このままでは本当に誰かを傷つけてしまうのではないか?でも酒がやめられず、怒りをコントロールすることができず、いつかは事件を起こしてしまうのではないか?
と、ずっとこんな恐怖を抱えていきていました。
あの頃の自分は本当に悶々としていました。他人の幸せを祝福するどころか、他人の不幸を願っていたと思います。あの時にガーシーさんのような方がいたら、大喜びで投票したかもしれません。
ただ、あの頃の私はよほど追い込まれていたのでしょうね。
先日起きた通り魔の少年と同じ気持ちでした。
「死刑になりたい」
厳密にいうと、死ななきゃ治らない、だからどういう形であれ死ぬしかない。
そう思っていましたが、そう思ったからと言って、死んだり人を刺したりする勇気は私にはありません。
だから、家にお金を入れるわけでもなく、何も言わない親に小さくなった両親には自分を正当化し、ただ飯、ただ酒をくらい、午後に起きて、深夜の4時までネットをする毎日。
本当に私は昔から褒められる人生を送っていませんでした。
客観的にみてもそんな人生を送っていれば幸せなんてほど遠いと思いますね。
ただ、当時の自分はそんな生活をしていながらも、悪いのは周りで自分ではない。といった考え方をしていたかもしれません。
確かに人を殺すことや自分で死ぬことなどは悪いことです。
でも、それができる方はある意味勇気がある。
それは何か行動を起こせたということですからね。
当時の私はそんな悪いことでもやってのけてしまう人は行動力があって凄いなあと思っていました。
本当に私はそんな生活を何十年したきたのでしょうか?
自分は境界性人格障害でかわいそうな人だから何もしなくていいとか、同情こそされるべきだ。
こんなことばかり思っていました。
ただ、思いだけでは伝わりませんね。
この世の中は何とも面倒なんですが、行動しないと何も変わらないですね。
ただ、最近メタバースですか。仮想現実を作ってそのなかで行動ができるようになっているみたいですね。そうすると、自分に変わってアバターがすべての行動をしてくれるので、頭の中の考えを具現化した世界なんでしょうね。
この先の未来では間違いなく、面倒くさい行動がなくなり、それこそ各人の考えがそのまま反映される社会になりますね。
そうすれば引きこもりや病気の方々でも、社会進出できますから、家に居ながらにして恋愛や仕事などもできるのでしょうね。そうなれば今よりも行動がずっと楽になりますね。
実際に人とは会っていないので、対人恐怖症などでも気軽に外に行けますね。
メタバースは家に引きこもったオタクたちにとっては輝ける場所になるかもしれませんね。
ただ、私の時代はそうではなかったので、しんどかったですね。
でもしんどいのを誰かのせいにしても始まりませんね。
でもその時の私はどうしたら毎日が楽しくなったり、人の幸せを祝福できる人になれるかなんてわかりませんでしたし、果たして人生が楽しい場所である保証もありませんでした。
ただ、あの時はどうしてもこのままではいけない。と感じていました。
最後のほうは酒を飲むといつも誰かに絡んでいたので、一人で家で誰にも会わないで飲むようになっていました。
よし、死のう。
そう思ったのですが、それと同時に死ぬのはいつでもできるから、その前にインドへ行こう。
なぜかインドがでてきました。
インドへ行ってから何も変わらなければ死のう。
そう思ってインドまでの片道チケットを買いました。
私はインドへ行こうと思ってチケットを買っただけなので、行ってから先のことは何も決めていませんでした。
カルカッタには着いたものの、何をしていいかわかりません。
ただインドに来ただけでは何も変わりません。
しかも心細いからすぐに旅行者に声をかけて一緒に旅をしようとします。
これでは人に頼って自分で何も決めません。だから意味がありません。
結局何もできずカルカッタに2週間くらいいましたかね。ゲストハウスで仲良くなった連中には旅の日程があります。皆さんは自国で仕事や勉強がありますから、時間に限りがありますから、旅行者は次々に移動していきます。
だから私はここでも一人取り残されます。
私の人生はいつも誰かを見送るだけの人生です。
結局インドに来ても引きこもってしまうのです。
この時の私は朝も起きれなかったので、電車は午前中出発することが多かったので、午前中行動できない私は何もできませんでした。
ただ、バスだったら近距離移動だけど、午後出発するものもあることを知ったので、とにかく動こうと思い、路線バスを乗り継いで、とりあえずデリーに行ってみようと思いました。
今書いていて思ったのですが、ひょっとして私はこれまでの人生で計画を立てたことがなかったかもしれません。
ひょっとするとこれが初めて立てた計画だったかもしれません。
と、いいますのも、私の感情は読めません。今はよくても明日どうなるかわかりません。
だから、仮に友達といついつ会うと約束しても、その当日気分が乗らなくてキャンセルということがとても多かったです。
旅行などについてもそうです。
今は行きたいと思っても、旅行の当日外に出たくない場合もありますから、そうなると旅行もキャンセルになります。
だから私は予定が立てられず、常に行き当たりばったりの道を歩いてきた結果こうなってしまいました。
計画通り進む会社や学校はどうしても続けることができませんでした。
だから、この時に「路線バスでデリーまで行く」という取り決めをしただけでも私にとっては大きな前進だったのかもしれませんね。
でも特に大したことはしていません。
ただ、午後起きて、バス停探して、行先をなるべく遠いところにして、降りたらトゥクトゥクのおやじにホテルに行きたいとだけ言う。
ホテルに行ったら酒屋を探し、酒を飲んで一日が終わる。
ただこれだけです。
しかしこれだけでももちろん人生は変わりません。
確かに日本で引きこもっていた時よりは何か活動をしているだけましだったかもしれませんが、私は常に何をやっているんだろう。こんなことして何か意味はあるのだろうか。
インドに来ても常にそんなことを思っていました。
カルカッタを出て確か23日くらいが過ぎたと思います。
デリーまであと百何十キロというラドラップルという町だったと思います。
ここで私の人生は大きく変わります。
少し長くなったので、明日続きを書きます。
では、失礼します。