先日父が亡くなりました。
父は亡くなる2か月前にスーパーで倒れました。
救急車で運ばれて病院に搬送されました。
医者は「99%不整脈が疑われます。明日一日脈を計って脈に異常があったらすぐにペースメーカーを入れます」と言いました。
それで翌日病院へ行くと、医者は「脈に異常は見られませんでしたが、おそらく不整脈なのでペースメーカーを入れておきました」と言いました。
その後父はすぐに退院してきました。
それでも父はペースメーカーを入れる前と後で何も変わらないんだけど、このペースメーカーは何か意味があるのだろうか?というようなことを言っていました。
ペースメーカーの埋め込みから2か月後、父は咳が止まらずにまた入院しました。
ちなみに、父は心臓が悪かったので、倒れる前も、倒れてペースメーカーを入れてからも、週に1度必ず心臓のクリニックを受診していました。
入院した病院は前回ペースメーカを入れた病院です。
今回はすぐに心臓の太い血管が詰まっているのを発見して、そこにステントを入れてもう問題ありませんから、明日からリハビリをやりましょうということでした。
しかし当の父は苦しくて苦しくて仕方がないようでした。
リハビリの前に医者は大した説明もしないまま、母に延命治療をするかしないかの書面に非常に事務的にサインをさせられたといいます。
しかもコロナで面会ができないために、入院してからの父の状態は見られなかったと言います。
母は、父が入院した時は父が元気だったし、ステントを入れた次の日からリハビリだとしか聞かされていなかったので、なんで延命治療の紙が出されるのかわからなかったと言います。
その後、母がどうにか病院にお願いして、面会をさせてもらうと、父は入院したばかりなのに、口には酸素を送る機械のようなものをつけられていたけど、息ができずにとても苦しんでいたと言います。
母は見てられず、看護師にこの苦しみをどうにかすることはできないのでしょうか?楽にしてくれませんでしょうか?と何度も嘆願したそうですが、看護師も困った表情を浮かべるだけで、最後まで医師に会うことさえできなかったそうです。
これがコロナじゃなければ医者たちはもっと忙しくなかったのかもしれませんね。
母の話では医者はとても忙しくて母と話しているときでも常に携帯電話が鳴っていて、病室の外の廊下には部屋が空くのを待っている患者さんがベッドで寝ている状態だったと言います。
結局父は入院してたったの8日でなくなりました。
しかもコロナで面会が自由にできる状態ではなかったので、母はずっと父の状態が入院した時の比較的元気な状態のままだと思い込んでいたようです。
それも医者や看護師が母が父と会えない状態のときに、何の説明もしなかったからそう思っていたのでしょう。
コロナで面会を遮断しているのならば、せめて患者の様態についてもう少し詳しく話す義務はないのでしょうか?
母は父の入院の数日後にやっと会えた時には変わり果てた姿になっていて驚いたと言っています。
そして父の死後、医者からもらった紙には、親族が延命治療を断ったので、人工呼吸器を使わなかったと書いてあったと言います。
それを見た母は、ひょっとして人工呼吸器をいれたら助かったのではないか。といって「私が父を殺してしまった」といって未だに立ち直っていません。
私たちは素人なので、延命治療というと植物状態の人を無理やり生かすために人工呼吸器や胃ろうなどでただ生かすだけくらいの認識しかありません。
ここは人の命がかかっているのだから、病院側としては親族に延命治療がどんなものなのかを詳しく話す必要があったのではないでしょうか?
母は「あの時私が延命治療にサインをしなかったから、父は苦しんで死んでしまったんだ」と言って自分を責め続けています。
その後私も延命治療についていろいろ調べました。調べた結果私の理解では、延命治療は患者が苦しいとか苦しくないにかかわらず、患者の脳死やもう助からないと分かった状態になった時に、初めて行う、それこそただ生かすだけの目的に使う療法だと解釈しています。
だから結果的に父は助からなかったんだよ。と母にいくら言っても聞く耳を持ちません。
母は「私が殺した」の一点張りです。
私が言いたいのは、なぜに医者は母に延命治療に関する家族の承諾書を書かせたときに、延命治療がどんなものか話してくれなかったのでしょうか。
あの時に説明してくれていれば、母は今のように自分を責めてはいなかったと思います。
また、どうしても納得のいかない母は、父の死に際について聞きたくて病院に医者の話を聞きたいと電話を入れた際に、看護師に「苦情じゃないですよね」と言われたらしいです。
私は医者ではないのでわかりませんが、素人なりの考えを申しますと、父が倒れた一回目の入院のときに、医者は脈は正常だったけど、念のためペースメーカーを入れましょうということで、念のためにペースメーカーをいれただけで帰されました。
しかしこの時の原因は、脈に異常はなかったと医者が言った通り、実は不整脈ではなく、2回目の入院でステントを入れた血管が詰まっていて起こったのではないでしょうか?
1回目の入院で発見できなかったために、2か月間放置し、2か月後の入院の際で発見してステントをいれたが時すでに遅く、心臓は弱っていて心不全になって肺に水が溜まってしまいました。
しかも医者の言い方からの判断ですが、ステントを入れた後、すぐにリハビリをしますと言われたことを考えると、ステントで血管を広げたからもう大丈夫だろうという考えで、次は心不全を見損なっていたのではないでしょうか?
そもそも父は咳が止まらないという理由での入院でしたから、その時点で普通の医者なら心不全を疑うはずですが、この病院はステントをいれたからもう安心で、患者がどんなに苦しがっていてもリハビリをしようとしていました。
それを見て医者も焦ったのか、すぐに母をよんで延命治療の紙にサインをさせたのでしょうか。
医者から何の説明もないし、コロナで面会も禁止されていて、全くわけがわからないままあっという間に父はなくなりました。しかもとんでもなく苦しんでいたらしいです。母がこの苦しみをなんとかしてくださいといくら叫んでも、父の呼吸を楽にする治療は何も行われないまま苦しみぬいて死んだと言います。
母は「私が延命治療を拒んだから父が苦しんで死んだ」と言います。
私は1回目の入院でどうしてそんなに太い血管が詰まっていることさえ発見できなかったのだろうか?そしてなぜに関係のない、ただ医者がそう思うからという理由だけでペースメーカーをいれたのかだろうか?
ひょっとして1回目の入院で脈拍が途切れず正常に動いているのだから、不整脈を疑うのではなく、ちゃんと検査をしてくれていたら、ほかの疾患は見つけることができたのではないか?
それよりも何よりも、父が日ごろから通っていた心臓のクリニックに何か意味があったのだろうか?
そもそも心臓のクリニックに通う理由は、心臓に悪いことがあったらすぐに発見してほしいから父は通っていたのではないだろうか?
よく、医者が嫌いで手遅れになったという話はききますが、父はまじめな方ですから、毎週欠かさず心臓のクリニックにいっていました。1回目の入院の前からずっとです。倒れてペースメーカーを入れてからもずっとです。
父は心臓のかなり太い血管が詰まっていたと言います。なぜにそんな太い血管の異常を見過ごしたのでしょうか。
このようになくなってしまうのならば、毎週通っていたクリニックは何だったのでしょうか?
私の妻は心臓の医者です。日本とタイでは治療法が違うらしく、延命治療の有無にかかわらず人工呼吸器を入れるらしいです。そして心不全は医者の腕次第で治る病気だとも言っていました。
日本人はよく、日本の医療は世界でもトップレベルだと言います。
私もずっとそう思っていました。
ただ、私の妻は日本では東北大学や筑波大学で研修医として働いていましたが、日本は医療レベルは高いのかもしれないが、医者のレベルは高くないと言っていました。
また、私の日本に住むアメリカ人の友達も日本の医者は頭が悪すぎる。親指のけがで5つくらい病院を回ったけど、それぞれの病院で医者がみんな違うことを言った。医者の一人はこれは癌ですと言ったやつまでいる。と言って憤慨していました。
私もインドを旅していた時に目に異物が混入してしまい、それがどうしても取れなくて病院に行きました。インドの病院は日本の病院のように最新鋭の設備が完備されているわけでもありませんが、インドの医者はその、質素なアナログな設備の中でも、一生懸命工夫して私の苦痛を取り除こうとしてくれました。日本でも一度も味わったことのない暖かさでした。医療器具が揃っている日本なら簡単に取り除けたかもしれませんが、医療器具が揃わないインドではそうもいきません。それなのに、インドの医者は水という原始的などこにでもあるものを工夫して使い、あたかも魔術のように目の中の異物を取り除いてしまったのです。
私はあれ以来、これが医者なのだ!と思うようになりました。
私も例にもれず日本人ですから、医者と言いますと、特に自分では大して動かず、検査結果を伝えるだけの人、薬を決めるだけの人という印象がありましたが、このインドでの体験以来、医者の本当の意味がわかりました。
それ以降日本の医者はひどいという友人のアメリカ人や妻の言葉に納得いくようになりました。
それで今回の父の死をみて、日本の医者じゃ仕方がないと思っている節もあります。
確かに日本の医療は高度だとは思います。ただ、それは道具の話であって医師の話ではありません。要はなんでも買い与えられるスネ夫のようなものです。
日本のMRIの数もCTスキャンの数も、ほかの先進国の4倍。発展途上国と比べたら10倍とか100倍とかあります。
こういう数字が日本を最先端の医療大国だと思い込ませているのでしょうが、これはただ、日本には高度な医療装置が多いということで、それを使いこなせなければ意味がありません。使う人たちがスネ夫ですよ?使いこなせますかスネ夫に?
結局今回の父の死のように、そんなに高度な機械があるにもかかわらず、これは不整脈だと思うから脈は乱れていないけど、ペースメーカー入れておきましょうとか、咳がひどくて病院に来たのに、ステントをいれたから明日からリハビリしてくださいとか言ってしまいます。
どんなに最先端の医療設備があっても、医者が無能では意味がないのです。
よくよく考えますと、医者と言っても、難しい医学部に合格し、医師試験に通れば医者になれます。
要は勉強しかしていません。それも日本のことですから、おそらく詰め込み教育しかしていません。特に社会経験もありませんし、人間関係も上手ではないでしょう。ただ暗記だけ上手な、所詮はマニュアル人間だと思うので、杓子定規なことしかできないでしょう。しかも何かすれば自分の責任になるから、上から言われたこと、マニュアルに載っていることしかしないのでしょう。
そんな人に命を預けられるのでしょうか?
案の定私の父は命を預けた結果このようなことになりました。
そして医者が満足な説明もしないものだから、母は自分を責め続けて未だに夜も眠れずに頬もこけてしまいました。
一体何のための最新設備なのでしょうか?
私は思います。
日本では病気をしたら死ぬと。日本の医者には頼れないと。
だから病気にならないようにすることが大切で、医者を責めるのは筋違いだと。