私は若い時から海外旅行が好きで、過去を振り返ってみると、仕事をしている時よりも、海外を放浪していることのほうが多かったです。
最近は時間もあるので、といいますか、人生を振り返ると、私は常に時間がありました。
確かに、時間を無駄にした感は否めませんね。特にこれといった誇れる経験ももたずにこの歳になってしまうとつくづく時間を無駄にしてしまったなあと思います。
人生の前半部分を適当に生きてしまったために、今就職活動をしても本来このくらいの歳でもっているであろうスキルがないので、まあ仕事が見つかりませんね。
特に仕事はしなくても生きてはいけますが、やはり家にいるだけだと嫌なこともない代わりに、楽しいこともないので、どうせだったら時間が潰せてお金ももらえるからどこか仕事が見つかればよかったのですが、外国にはアルバイトみたいな働き方がないので、暇ですね。
でも履歴書を見ていて思ったのですが、私はすでに過去に10回も転職しています。どうせ会社に入ってもそう長続きしないことはわかっていますので、今は働きたいと思っていても、1、2年もすると、精神的に参って、辞めてしまうので、それなら最初からやらないほうがいいのかもしれませんが、いかんせん人生は長いです。
ただ生きていくだけならできるとは思うのですが、それではあまりにも暇すぎます。
私にとって仕事とは、ただの暇つぶしに過ぎません。暇も潰せてお金ももらえるのですから一石二鳥ですね。しかも生きる目標になってくれたりもします。
でも年収1000万以上だから勝ち組で、年収200万だから負け組だとか、そういう物の見方って正しいんでしょうかね?
私から見たらただの暇つぶしをしているだけなのだから、それに勝ちも負けもないと思いますけどね。
でも、実はこの考え方がおそらく日本を飛んでもない不幸に陥れているんだと思います。
冒頭にも書きましたが、私は今までの人生の4分の1を海外で暮らしてきました。
それは、一般的に人々が住みやすいといわれている、日本での暮らしがしんどかったからです。海外を知る前は、日本しか知らなかったので、なんでこんなに人生って辛いんだろう?ってしか思っていませんでした。
でも、初めて海外に行ったときに、どうしてかわかりませんが、住みやすい感じがしたんですね。まあ、これが以前書いたブログの中にある国の持つ雰囲気ですよね。
日本以外の国ではとてもリラックスした空気が流れていて、気持ちがとても落ち着きました。ちなみに最初に行った国は返還前の香港でした。
あれ以来外国にかぶれて行ったんですね。
ここまで長くなってしまったのですが、ここからが本題です。
私はかつてアルコール、薬物、セックスなど、なんでも依存できるものには依存しました。その他対人恐怖症や抑うつ状態などがありますが、一番困っているのは境界性人格障害という人格障害です。もうほんとにこの人格障害には悩まされ続けています。
私はこの人格障害であるために数々のトラブルを起こしてきました。しかも他人から見ると変な考え方をしているようで、全く社会に受け入れられませんでした。私の10の転職もこの病からくる気分の浮き沈みやもう「この考えが絶対正しい」っていう誰も賛成しないような正義が絶対に正しいみたいな錯覚を信じ込んでしまうことで、トラブルが絶えませんでした。
今は、自分の考えはすべてにおいて間違っていると思って生きていますので、何かをやる前からあきらめるんですね。だからもう何もしないほうがいいかなとは思っています。
しかし、よくよく考えますと、それは日本国内での話しのような気もするのです。
と、申しますのも、日本は単一民族で、外国は多民族のほうが多いです。
私は圧倒的に多民族の中で生きたほうが生きやすいです。
これは何を意味するかと申しますと、多民族国家は他人は自分と違っていて当たり前だ。という考えがあるので、他人と違うことに関しては寛容というか、それが当たり前だと思っているので、大概何をしても大して目くじらを立てられることはありません。というか、日本を離れて以来、怒っている人を見ることもなくなりましたかね。
つまり何が言いたいのかと申しますと、多民族国家では他人と違っていて当たり前なので、日本では大問題の精神疾患でも、こちらでは他人と違うことがあたりまえなので、精神病者あつかいされるわけでもなく、すんなりと受け入れられるのですね。
だから、こちらにはおそらく精神疾患という概念がないんだと思います。確かに統合失調症やうつ病はありますが、日本のように発達障害がどうだとか、人格障害がどうだとかはないようですね。
でも日本の場合は、長いこと鎖国していたり、一度も侵略されなかったせいで、いまだに単一民族の国家ですから、他人との違いがとんでもなく気になって許せないんでしょうね。
日本で生きるには個性を押し殺さなければなりません。なおさら精神疾患や発達障害、人格障害の方々はいわゆる個性の塊みたいなものですから、生きづらいでしょうね。
しかし一方外国では、変わっていることや個性があることが人間の証のような考え方をしているので、精神疾患は特に問題にならないし、発達障害や人格障害にいたっては存在さえしないのではないでしょうか?
日本では性格が変わっていれば生きづらいです。しかも何らかの精神的病に分類されます。
海外では性格が違うことは当たり前なので、いちいち精神疾患がどうだとか発達障害がどうだとかありません。
というわけで、性格が他人と違う人が日本でいきづらい原因はこういうことです。