この世が、輪廻転生と永劫回帰を繰り返しているとしたら、永劫回帰から人は自分の人生を愛さなければならない。

なぜなら、自分の人生は繰り返されるのだから。しかし、そう簡単にはいかない。私も、そんなに自分は好きではない。

永劫回帰の生みの親、ニーチェに関しては、この永劫回帰という思想を真に受けるためには、超人という方法で越えなければならないとしている。しかし、現実のニーチェは自分の人生では、精神が錯乱した部分をもっており、理想と現実は厳しいことを物語っている。

 自分と同時に、輪廻転生という概念を考慮するなら、他人も同等に自分と価値があるといわざるをえない。そうであるならば、他人も愛さなければならない。これも難しいことである。

 しかし、そうでなければ人生を肯定できない。この人生が繰り返され、なおかつ自分の人生だけでなく他人としても生きることを繰り返すなら、愛することが自分の人生を肯定する唯一の方法である。自分の人生が繰り返されることが決まっているなら、自分を否定していては、それが繰り返されるだけである。それでは、負けである。苦しいことでも、繰り返されることは決まっているのだから、笑って「もう一回」、といえることが大切なのだ。これが、超人といわれる所以の思想であろう。もし、超人になるためには、一人では苦しい。この思想、永劫回帰を皆が共有してもっておくことが大切である。なぜなら、愛は愛を生むからである。一人で超人にはなれない。愛こそが超人を生む。

永劫回帰と輪廻転生を足した概念が、永劫転生。

 

わたしは、この考えを支持します。

 

詳しくは、永劫転生、をアマゾンキンドルで検索ください。バンフ-という作者として検索してもでてきます。

 

輪廻転生は、存在します。そして、永劫回帰も存在する。

われわれは、輪廻転生して生きていることを知ったとき、どのように生きなければならないのか。

戦争なんて、馬鹿なことはしてはいけないことは自明のようにわかるはずである。

それは、自分の体を傷つけるのと同じ行為だからである。

そのような感覚に目覚めなければならない。

人間と動物の違いのように、人間も次のステージに移らなければならない。

 

 

 

時間は存在しない。

 

存在しているようにみえるのは、生物が記憶という方法で世界をみているから。

 

本来、記憶という方法で世界を見なかったら、この世界は変化だけ存在している。我々の世界の捉え方ではない方法で、世界のあり方は存在している。変化というのは、過去も未来も現在も同時に存在する世界。例えるなら、スロットのリールが回っている状態である。ここで、スロットの決定ボタンを押してしまうと、現在が確定されてしまい、未来や過去が存在するようになる。しかし、ここで決定ボタンを押さなければ、過去も未来も現在も内包された世界観が残される。これが、リールが回っている状態である。

 

記憶は、現在という決定ボタンの役割を果たす。

 

自分の人生がもし、繰り返されていると知ったらどう思うだろう?

 

Nietzsche(ニーチェ)は、それを論じて、超人という思想をうみだした。

後に、狂人になったというが、その思想が影響しているのではないかと思われる。

鞭で打たれた馬を見て、泣き叫んで馬をかばったというのだ。

私の思想も永劫回帰を問うている。輪廻転生観も同様である。

Nietzscheもおなじような思考領域に達したのではなかろうか。

きっと、だれにも理解されない領域であろうから、狂人扱いされたのであろうが、

至高の領域に達したのではないかと考えられる。

 

昔は、馬にも人間と同じ感情や意志があると信じられていたのかもしれない。

現在では、痛みは人間と動物では違うであろうと分かるのではあるが。

 

この人生は繰り返されていても、本人は感じることはない。しかし、真実である。

電子書籍を新たに出しました。また、ググっていただければと思います。

そこで、輪廻転生観や永劫回帰の説を展開して説明していますので、何か感想などありましたら、

お気軽によろしくお願いします。

 

自分という唯一性をもった存在は、この世にたった一つしか存在しません。

その一つというのは、例えるとフレームのような存在で、

このフレームの中にいろんな感情や物や世界のあらゆるものがあらわされているわけです。

フレームは変わることはありません。死後もフレーム自身は無くなることを許さずに、

現れ続けます。中の現象が変わるだけです。

 

だから、地獄も天国も自分の行い次第というのもわかる気がします。自分が悪い行いを行えば、

自分に戻ってきます。良い行いを行えば、いいことが巡ってくるのです。

いずれ、このような自分という世界観を世界が進展していくにつれて、もつことになると私は信じています。

そのときに、今行われている理不尽な行いなどは非難されるでしょう。しかし、新たな価値観をもつ

必要がでてきます。ニーチェの超人のような永劫回帰を乗り越える人間観が必要となってくるのです。