月が満ちるのを待っていました。
更新が滞っているのに、このブログに訪ねてくださった方、
ありがとうございました。
がらくたからたからの記事で書いた三谷くんが、急に
逝ってしまいました。
3月3日生まれの魚座の彼は、
魚座の新月の時期に、富士山で亡くなりました。
18才の時に、マンタムさんの店で知り合って、
いつでも気軽に会えると思っていました。
当時、なんとなく、寂しくて、先が見えなくて、
世の中は疑問だらけで、
自分が何者なのか、
どう生きていったらいいのか、わからない、
そんな仲間がたくさん集いました。
学校の教室にいたら、絶対に折り合えない、
話もしないようなメンバーでした。
けれど、破局映像倫理構成委員会という
物々しい名前をつけて
映画を撮ったり、その上映会をやったり、
(その頃、三谷くんは、アメリカ~フランスだった)
宴会をやったり、店番をしたり、露店を手伝ったり、
いろんなことを一緒にやりました。
信じられないような、ゴミ屋敷(という言葉は当時なかった)
のマンタム家を皆で片付けて、(座る場所を確保して)
ご飯を食べて、
というのが楽しみでした。
表現をする、というのが、大枠のテーマでしたが、
それぞれが、表現のなんたるかに迷い込んでいました。
三谷くんは、パントマイムを習いに、アメリカに渡りましたが、
その後、マルセル・マルソーのお弟子になりました。
それだけでも、すごいことなのに、それでも彼は迷い続けました。
その迷走っぷりったるや。
なぜ、雪の残る富士山に、しかも
ソロで行かなくてはならなかったのか。
お通夜も、告別式も、
2日連続の公演なんじゃないかと、
お坊さんのお経に合わせて、
いつ、彼が出てくるのかと、
そんなことを思いながら眺めていたよ。
どうしようもなく、優しい男だった。
もどかしいほどに。
三谷くん、私は、どう生きるか、じゃなくて、
どう死ぬかって考えて、これから寿命まで生きることにしようと思ったよ。
恰好つけずに、素直に生きようと思ったよ。
今生の別れに。
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また、少しずつ、ブログを再開します。
ありがとうございます。