震災から1年。
録画してあった、ありとあらゆる震災番組を見終えたネオン街のフットサルプレイヤーです。
明日をあきらめない・・・
がれきの中の新聞社。
河北新報のいちばん長い日
あの日、
混乱する宮城県において、
情報を届ける為に必死で新聞を作った人たちの実話をもとにして作られたドラマ。
見た方も多いと思いますので内容は省きますが、
見逃した知人から、
DVDに焼いてほしいと言われとりあえず3枚、
DVDのラベルもダウンロードして作ってみました。
震災関係のドラマについては、
「テレビ局が視聴率稼ぎでやってる。」
とかインターネットの書き込み等に様々な意見があります。
でも僕は、
むしろそんなことはどうでもいいことであって、
仮に視聴率稼ぎだとしても、
その視聴率稼ぎの努力によって見ることができる物だってあると思うんです。
あの日、
被災地では何があったのか??
っという事を、
もっと素直に見て欲しいですね・・・。
それともう一つ。
映像記録。3・11
あの日を忘れない。
この番組には、
衝撃的な映像とともに、
とても重要な事が取り上げられていました。
福島県 富岡町。
あの日の朝、
海でサーフィンをする人たちの記録。
この数時間後にあの地震がやってくる・・・。
埼玉県
午後2:30
運動会の様子が撮影されていた。
この数十分後にあの地震が訪れる・・・。
宮城県大崎市。
講演会の最中にあの地震は訪れた・・・。
逃げ惑う人々。
その場に座り込んで動けなくなっている人・・・。
津波が勢いよく
そこまで来ているのに何を考えていたのか逃げようとしない人。
土手に勢いよく津波がぶつかる。
必死で逃げていた人・・・
映像ではほんとに紙一重でわかりづらかったが、
間一髪、助かったのか・・・?
逃げ遅れて飲まれてしまったのか・・・??
「津波が来るから逃げろ。」
簡単には言うが、
そうもいかなかった「理由」がこの番組には記してあった。
僕はこれから思ったことを伝えたいと思います。
あくまで個人の意見ですので予めご了承のほどお願いいたします・・・。
2011.3.11
あの日、
大地震が来て日本中がパニックになった。
震源に近い場所ならばなおさらだ。
いま日本は、
「平成の関東大震災」
「東日本、M8クラスの余震説」
「東海沖地震」
「南海地震」
「富士山噴火説」
などなどの大惨事が想定される自然災害の危機にさらされている。
何も不安をあおるわけではない。
この映像を見たとき、
「避難」は簡単にいかない。
そう思ったからだ。
この映像記録を見ていない人もいるだろう。
そこで、
微々たる力かもしれないが、
ブログを見ている人に少しでも何かを伝えられれば・・・。
何か思ってもらえたら…。
そういう思いになったのだ。
もうあの悲劇を繰り返さないために、
一人一人がもっともっと考えていかなければいけないと思う。
さて、
この映像は、
宮城県の名取市。
辺り一面が「液状化現象」によって道が寸断され、
車が動けなくなってしまっていた。
液状化と言えば、
千葉県の浦安市でも起こりましたよね??
さて、上のような状況でみなさんは自分の大事な車を置いてすんなり逃げられるだろうか?
おそらくそうはいかないだろう。
海岸から数キロ離れたこの場所。
いくら大津波警報が出されたとはいえ、
「まさかここまで津波は来ないだろう・・・」
そう思うのが自然である。
しかし車を何とかしようとしたその時・・・!!
海岸から数キロも離れたこの場所に、
想定外の津波が襲ってきた・・・。
この位置からは海が見えない。
「そしてこんなところまで来るはずがない」
そんな思い込み。
その安心感からか、
愛車をどうしようか??
そういった判断が、
逃げ遅れることにつながってしまった・・・。
このことから、
災害に見舞われたときに、
自分のいる位置や地形を確認して、
海から離れているが津波が来たら逃げれる高台はあるかどうか?
常識でとらわれてはいけないことも想定していないといけないっという事になる。
っとはいっても、
やはり車は大事。
邪魔にならないとこに移動して鍵をかけ、
まずは避難することを視野に入れないといけないのではないか?
もしも車が流されてしまったとしても、
自分の命まで無くしたらいけません・・・。
あと、こんな例もある。
画像はないのだが、
住宅の倒壊が多かった福島県の須賀川では、
地震がおさまり外へ逃げようとしたが、
玄関の棚が倒れ外に出られない状態。
結局、
居間のドアをぶち破って外に出たっという例。
実際に地震発生時、
僕がいた美容室は4階。
非常階段から避難しようとしたが、
物が散乱してしまって簡単に降りることが出来なかったというのも事実。
避難したくても、
そのような状況になれば当然初動が遅くなってしまう。
これは今回の映像記録から十分に学べるものがあった。
次に避難所の話。
ここは避難所の一つだった陸前高田市民会館。
しかし・・・
当時、
12の避難所のうち、
難を逃れたのは、迎え側にある市役所の屋上のみ・・・。
市民会館に避難した方たちは津波にのまれた…。
現在、
県や市町村では、ハザードマップの見直しがされてはいるがどこまで安心かわからない。
とにかく高くへ、
とにかく遠くへ。
っという考えをもって避難しないといけないことが分かった。
一つの判断で生死が分かれてしまったのだ・・・。
今回の震災にあてれば結果論かもしれないが、
これから同じことで犠牲者を出さないためにも知っておくべきだと思う。
今回、
様々な番組を見て深く考えさせられました。
とにかくみなさん。
次はどこで自然災害にみまわれるかわかりません。
そんなことを考えてばかりいたら疲れるかもしれませんが、
身を守るために意識はしておいてください。
っという記事でした。
他人事ではない問題だと思います!!
では
















































