人ってなんなんですかね?
最近、そういう文脈が頭をよぎり始めました。
いろいろなところで、いろんなお話を聞かせていただきます。それは、起業とか文化とか創作物とか自然科学とか。
で、思っちゃうわけです。僕たちが見つけたものって結局「人間」が評価する。つまり、人間という種族の中で自己顕示欲の赴くままにパフォーマンスを発揮しあってその中でそこそこ応援のしがいのある人がいいい感じに好かれているだけなんじゃないかって。
芸術を例に取って見ますね?明確な答えがあるわけではありません。彼ら(創作家)たちの独自の世界観をやれ俺が先に見つけただのやれ俺だけが理解できているだの人が作った何かに群がってパイオニア(先駆者)であることをアピールするわけです。そうして、そのパイオニア合戦が加速した結果、人気者とそうでない創作家が現れるわけです。そして、その「人気」が好きな人たちがさらにそれに飛び付きます。「人気」が好きというのはYoutubeのおすすめから飛びつくのも一緒だと思います。
でもここで何が面白いかっていうと、この状態に疑問を抱く人が一定数出てくるんです。そいつらは何をするか。新たな貢ぎ先の探索です。はたまた、自身が表現者に回る場合もあります。
これって不思議ですよね。古参になるために人気のないところに行って懸ける。そして新参者を「にわか」として叩き落とすために彼らはまた邁進するわけです。
そして、新しく発見された何かはまた売れ始めて大きくなると、パイオニア根性がある人は別の場所へと移るんです。
こんな感じであまりにも流動的なものだから、時代によって売れる価値ってかなり違うんだと思います。ある時に売れる曲って結局その大衆に響かないとヒットしないんです。こういう話は、ゴッホとかで皆さんはよく聞いているんじゃないですかね?
何が言いたいのかっていうと、今「売れる」何かっていうのは、所詮「今」なんです。でもその流動性を何かでいじられたら?
Web3・メタバース様々なものが議論されていますね。きっと、新しい価値観が生まれるのはまだまだ先の話ですがみんなの心にストンとくるような何かが生まれようとしています。そしてまた時代の中に溶け込む。
その「何か」の本質を数値化・概論化出来ないかななんて思うわけですよ。まあ無理なんですけどね。
てな訳で今度は流行だけじゃなくて「お金」について考えたことを「徒然」と書きます。ではまた。