私もマインドフルネスを指導している臨床心理士から説明を受けたときに、曹洞宗国際センター所長の藤田一照氏と同じ点が気になり、医師に話して確認しました。

医師の返答は

「そうですね、そうなりますね。天使さんに、このプログラムは、やっぱり必要ありません。彼女(心理士)の方が、違いをわかってないんだと思います」

 

私が気になった点を書き出すと

自分の心を見つめて感情を読み取ったら

「我が我が」の状態に拍車がかかって、トラブルの引きがねになりませんか?

だから、その感情をさらに深く掘り下げて、感情の由来を探り見つけるところまで深めなければ、問題の起点にたどり着けない印象が残りまして。

でも、説明では、「自分の気持ちを知ることが大事」って話してましたよ?自分にしか興味ない人になりませんか?

 

そうして、医師が話した「違い」の一方は、こちらではないかな。

 

 

これを行動に移すことで

「相手のためになったと思う」ほどにアイデンティティーや自尊心が高まり、自我を確立します。他者を利用した自己保存が起こります。リンク先では依存性についての言及がありません。

自我を確立するときに「相手をリスペクトする」問題を見いだせば、錯覚が起きている可能性に至ります。

「相手をリスペクト」していなければ押しつけに他ならず、一方通行になって侵襲が発生します。押し込み強盗のような感情の搾取へ、ずっと一緒にいる人にカランドラ症候群が発生しそうです。

 

「思い込みにつける薬はないから、治療できない」と医師が言っていたので、不治の病かもしれません。当事者が意識改革を行う意識次第なんでしょう。

 

後者の療法は、自閉症を含む「境界性パーソナリティー」や「統合失調」の治療プログラムであって、

「マインドフルネス」はさらに難易度が高く「理知的な心」すなわち理性が必要になり、感情論とは一線を画します。

「理知的な心」と「信念」とは別であって、

「理知」とは、慈愛を含めた道理に沿って考えられ判断がつくことになり、倫理観ともつながります。だから「自己都合」ばかりを根拠にした理論では、理知が働かず「我が我が」へ突出し、要求が通らねばアンガーパワーが大きくなります。たとえば、童話『白雪姫』に登場する毒リンゴを盛った女王のような、思い通りになるまで執着を起こして。女王にマインドフルネスが備わっているかい?

 

よって、女心に疎い男性は、理知的ではないことになります(笑)(笑)あはは、逆もまたしかり。

 

世の中には不可解な話をする人がたくさんいて。

不倫相手の浮気に怒る人とか、「浮気者の浮気」は予測できそうなもので心の準備を整えていないものやら、自分は特別と考えているのやら、

また、無邪気な天の邪鬼など、天の邪鬼には意思が働いているから無邪気なはずがありません。

さらには、ビジネスライクを唱える人が“情”に訴えかけるなんて、言動と行動がミスマッチを起こしても自分を疑わず能書き垂れます。

言葉の意味をどう切りとってつなぎ合わせたら、かような合理性のない一文が生まれるやら、信じられない判断をする人がいます。

 

先の医師は「自分の都合ばかり言いたい人には、絶対に勝てない」とも言いました。医師ですら勝てない相手と一般人が、ましてや患者が争ったら心神耗弱を起こします。聞く力がない人と話し合いは不可能です。

それは、カサンドラ症候群の入口ではないのかなぁ。

ちなみに、『聞く力』には不可欠な能力って、ご存知ですか?

 

ひとつめのリンク先に書かれた懸念の項目では

『世俗的なマインドフルネスは、仏教的マインドフルネスにあった真理との関係を切り離し、恣意的な非常に小さな枠、ドゥルーズの言う「コントロール社会」の枠に合わせて調整されており、近年のアメリカでは軍事訓練で使われるようにもなっている[16]。こうした都合よく切り詰められたマインドフルネスの「去勢」がもたらす問題を指摘する声もある[16]。』

このように記されていて、日常的に軍事訓練を行う時代の到来ですか。戦前に行われた教育勅語を彷彿としませんか。

真理との関係から切り離したら自己中心性やアングラが発生し、自分を許せても他人は許せない独善を起こします。