【鉱物言葉集】

モーリアック『テレーズ・デスケルウ』より

石に関する言葉







窓をあけ、手紙を粉々に引き裂き、

石の淵をのぞきこんでみた。(中略)


引き裂いた手紙の片は、

くるくる舞いながら

下のバルコンに舞い落ちる。


何か植物の匂いがするが、

それはどこかの田舎から

このアスファルトの砂漠に

おくられてきたのだろう。


テレーズは歩道の上につぶれた

自分の肉体の黒いかたまりを 

想像してみる。





モーリアック著/遠藤周作訳

『テレーズ・デスケルウ』

(電子書籍グーテンベルク21)







この作品を愛した

遠藤周作による訳。




タイトルの
『テレーズ・デスケルウ』は
主人公の女性の名前である。



物語は
裁判所の前から始まる。
 


テレーズは、
夫の毒殺未遂の容疑を
かけられていた。



夫は家の体面を守るため、
偽りの証言をする。



起訴を免れたテレーズは、
裁判所からの帰り道、
自分の過去をたどっていく。




この引用は、
テレーズが義理の妹アンヌからの手紙を
読む場面にある。



ある青年と恋に落ちたアンヌは、
手紙にこんなことを書いていた。

…わたしはまだ知らないあの線を越えたいと思っているの。(中略)でも彼のいうことを聞いていると、いつも、こちら側にとどまっていなければならないようだわ。(同書より)




アンヌの手紙は
テレーズの人生に欠けたものを
突きつけてくるようだ。



このあと
テレーズは手紙を破り
「石の淵」をのぞきこむ。





フランソワ・モーリアック
1952年 ノーベル文学賞受賞
(Wikimedia Commons)




家同士で決められた結婚。
家名と世間体を守るための暮らし。
テレーズは、
そんな硬く冷たい石の檻に
閉じ込められている。




私はこの作品を読んで、
息苦しくてたまらなくなった。


テレーズは、
生きたまま
石に閉じ込められている。
外から見れば静かでも、
内側ではずっと苦しい。


石のなかにいる人の言葉は、
誰にも届かない場所に落ちて
消えてゆく。




驚くだろうが、美しい秘密にみち、暗い秘密などを心にもたぬ人間について、ぼくは何もいうことはできぬ。内に暗い秘密をもたぬ人間は語るべき何ものもないからだ。(同書より)




礫岩 

鎌倉 七里ヶ浜






女性の写真