ここ何回か、お星さまになった愛する彼女(犬)の話を書きました。

生まれつき心臓に障害を持ち、白内障で視力を失い、脳内出血にまでなり、亡くなるまでの数年は毎週末皮下点滴。

これを読んだ方は、どう感じるでしょうか?

動物はお金かかるよね。

大変だよね。

うん、そう。
確かに医療費もかかりましたし、フルタイムで働き育児中のわたしには時間的にも大変でした。


でもね、そんなの、彼女と過ごした16年弱の中の、ほんの少しの時間の話なんです。

彼女は毎日、庭で、ドライブで、家の中で、生きるって楽しいね! ご飯美味しいね! 一緒にいるのって嬉しいね!って全身で表現していて、わたしも「ほんとだね! 楽しいね!」って心から感じてきました。
亡くなるそのときまで、立派に生ききった彼女の姿から、彼女を失ない号泣したその瞬間ですら、生きることの素晴らしさ、死を迎え入れることの気高さを学びました。

わたしが彼女から教えてもらったたくさんのことに比べたら、食べムラに悩んだり病院に連れていくことなんて、大したことではないのです。

わたしは彼女を失って、半年はほぼ毎日泣いていました。
保育園児の息子くんの前でも泣きましたし、レストランで家族で外食中も泣き出したりしていました。通勤途中の電車の中でも泣いていました。
それくらい、彼女の死はつらく悲しく寂しいもので、数年経った今でも涙が出ることがありますが、いちばん心を占めるのは彼女への感謝と尊敬の気持ちです。



ときどき、「もう動物は飼わない。だって死ぬとかわいそうだから。」という方がいます。

そんな方に、わたしは思います。
その子が生きた何年かの時間、あなたはいろいろなことを教えてもらいませんでしたか?
楽しかったり、なぐさめてもらったり、時には家族の間を取り持ってもらったり。
そんな素晴らしい時間を、「死ぬとかわいそう」「死ぬとつらい」という晩年の短い時間に起きた悲しい記憶で否定してしまうのですか?

もう一度、思い出してほしいです。その子との日々を。

そしてその子との日々を、ぜひ素敵な言葉で表現してあげてほしいなと思います。

その子の生涯をそばで見てきたあなただからこそ、死んでしまった子としてではなく、その子がたしかに生きていたことを覚えておいていただきたいのです。

だって、大切な家族だったのですから。