小さい子が、ほんの小さなことで泣き叫ぶ光景を見たことがあると思います。
大人からしたら「何をそんなことで、、」と思うかもしれません。
でも、こどもにとっては、そのことは、この世が終わるほどに、死んでしまうんじゃないかもというほどに、
とても悲しいことなのです。
だから、泣き叫ぶのです。とても大きな声で。
お腹の底の底から。
つんざくような声で。
やがて泣きつかれます。横隔膜がひくひくする。
これが自然です。
悲しいことを思い切り、たくさん表現できれば、そのエネルギーはあとに引きずりません。
これが、「悲しい」ということです。
大人はどうでしょう。ほんの小さなことで、ギャン泣きできますでしょうか。
恥ずかしい、情けない、みっともない、と、
頭で悲しいことを抑えます。
「泣くんじゃない」と言われることもあるでしょう。
無理矢理に抑え込みます。
そうすると、「悲しい」が「悲しみ」に変わります。
悲しいことが身になるのです。
この程度で悲しむなんて、大人として恥ずかしい。
いい大人なんだから。
などと、
それをさらにほっておくと、
悲しみはいずれ「恨み」に変わります。
恨んでいることが身になるのです。
体にくっつくのです。
これを放っておくと、年齢とともにやがて人間の心身は徐々に崩壊していきます。
身体と心が正常に働かなくなっていきます。
とくに内臓、お腹の中に蓄積していきます。
ここまでくると、厄介なのが、何が問題なのかが自分でもわからなくなるのです。
どうも心身に不調がある。
そのことと、
何かに恨んでいることと、
何かに悲しんでいることと、
それらが、つながっていかないのです。
それらがバラバラに存在しているかのように感じるので、問題の本質がわからなくなるのです。
さらに年齢を重ねると「年だから」など、加齢の要因を思います。
老人で、人の話を聞かずひたすらに自分のわがままを言う人は、幼い頃に言いたいこと、本音をしっかり言えなかった可能性があります。
本当は、
悲しいことをこどものように泣き叫べるようなら、悲しいことは「悲しい」で終わるのです。
悲しみを抑えてきた、そのお腹の中に、
いまでも、腹の底から叫びたいことがあるはずです。
お腹の底から、言いたい言葉があるのです。
吐き出さないと、何らかの形で、別の形で噴出します。
溜め込むにも限度があります。年齢を重ねるほど、そういうことに慣れてしまうと、その限度をいずれ超えてしまいます。
悲しいことがあったら、素直にその悲しいことを表現しましょう。
ネガティブな感情はあって当たり前なのですが、
変に抑え込んだり、否定したり、見て見ぬふりしたりと、
余計なことをしてしまいます。
別に誰かに感情をぶつける必要もありませんが、
とにかくお腹の底の底から言いたいこと、言いたかったことを表現するのが自然であり、本来の働きなのです。スッキリさせましょう。
周りに誰もいない、ひとりのときでも構いません、悲しいことを表現してください。