結構大事なこと。


意識して、休む。
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楽譜の中には、休符が出てくる。4分休符とか8分休符とか。

小さい頃、休符は、なん拍お休み、と習う。


休符は、ただおやすみ、なのではない。そこで一息つく、とかそういう類のものではない。

音符のように音、はないけれど、
音がならない音符の1つなのだ。
つまり、休符は、音がならない空間がそこにある存在ということになる。

日常生活で、
なんとなくの時間がついつい出てしまう。

それを、生活の中でなんとなく休まないで、
意識して、休む。
思い休んでみると割と疲れが取れやすく、「あー!気づいたらダラダラしてしまった」と自分に罪悪感を持たなくて済む。

なんとなく〜の時間を過ごすとメリハリがなくなる。

これは音楽と似ているなぁと。
なんとなく休符だから休む、なんとなくこの音を伸ばしてみる。
なんて、プロの世界にはないもんね。

そこに演奏者の明確な意図がない音楽はメリハリに欠き間延びしてしまい、感動は生まれない。

楽譜をきちんと読めていない。ということで片付けられる。
楽譜を正確に読めていないのも、その程度の意識、ってことになる。

だから私は、生活のメリハリは音楽ととても似ていると感じている。


「その場しのぎでなんとなくものそこに置く。」

「なんとなくだらっとやってる」


それだと、空間のメリハリが生まれない。


掃除整理整頓を意識して行う事によって、仕事の質があがった。最大の理由が、空間や時間のメリハリなんだな、と思う。

なんというか、切れ味が向上してきている。

メリハリが生まれて整った心と空間には、よいものが循環する。
もの、ひとへの感謝だったり、愛だ。
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否定せず、全てを受け留めていられるから、自分の頑張りも、人の努力も、愛おしく思える。


できなかった自分のことを責める気持ちもないし、

努力した自分のことも褒めたり、がんばったねと思える自分がいる。

そしてすべての自分を受け入れるから、人に対して心をひらいて接していくことができる。
それと共に
自分のパフォーマンス能力がどんどんどんどん向上しているのが嬉しい。


パフォーマンス能力が高ることで、喜んでくれる人がまた増える。
伝えることができるし、
誰かのなにかの役に立つことがどんどんできて行く。

去年あたりから、形が整ってきた、循環のエネルギーが、今月はさらに精度が高まってきたな。これも、生活の見直しの成果かも。