bamboohouse-masterのブログ

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マスターの気まぐれ写真日記

「磐梯吾妻スカイライン」を

 

走ります

高湯温泉から土湯峠へ

 

吾妻の山並みを

 

縫うパノラマコース

日本初の山岳道路

 

平均標高1350m

 

紅葉に彩られた絶景が

 

広がります

「日本の道100選」にも

 

選ばれています

 

磐梯朝日国立公園

 

「浄土平」に

 

到着

「磐梯朝日国立公園」は

 

山形 福島 新潟の

 

3県にまたがり

 

「出羽三山・朝日地域」

 

「飯豊地域」

 

「磐梯吾妻・猪苗代地域」の

 

3つの地域に

 

分かれています

ここ浄土平は

 

「磐梯吾妻・猪苗代地域」

 

磐梯吾妻スカイラインの

 

中間地点にあります

 

 

 

さてここから

 

「吾妻小富士」に

 

登ります

 

 

 

秀麗な小型の富士山

 

登山道を

 

登りつめると

直径約500mの

 

火口が

 

その姿を現しました

火口底までの高低差は

 

約70m

 

圧巻の眺め

 

 

 

ここからスタートして

 

火口の周りを

 

ぐるり一周します

 

 

眼下に

 

福島盆地が

 

見えます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り路は

 

スカイラインを

 

福島市方面に

 

下ることにしました

磐梯吾妻スカイラインは

 

ガス濃度が

 

高くなる場所があります

この辺り

 

硫黄平橋周辺

 

浄土平から高湯側へ

 

約1.5kmが

 

危険

車の窓を

 

開けないようにとの

 

看板があります

とても

 

日本とは思えないような

 

ワイルドな世界を

 

堪能しながら

 

天空ドライブ

山から下って

 

やってきたのは

 

「二本松城(霞ヶ城)」

二本松城跡は

 

中世から近世にかけ

 

同じ場所で存続した

 

東北では稀有な城跡です

 

 

戊辰の役で

 

ふるさとを守るため

 

若い命を散らした

 

二本松少年隊

若者たちの

 

像を見ると

 

胸が痛い

城の名の

 

由来ともなった

 

赤松

旅最後の昼ごはんは

 

海鮮丼

 

シジミ汁までついて

 

千円以下

 

しかも美味しくて

 

びっくり!

さてさて

 

あれこれ楽しんだ

 

福島県会津若松・裏磐梯の旅も

 

おしまいです

帰路の飛行機から

夕日が

 

地平線に沈みます

 

ああ

 

日本という国は

 

なんてきれいなんだ!

猪苗代から

 

車で北上

 

裏磐梯へ

 

やってきました

「諸橋近代美術館」

ダリ作品を収める

 

美術館として

 

スペイン アメリカに次いで

 

世界で3館目に

 

開館した美術館です

 

セザンヌ ルノワール マティス ピカソなど

 

印象派以降に活躍した

 

20世紀の巨匠たちの

 

作品を所蔵しています

 

 

私たちは

 

館内には入館せず

 

芝生のベンチに座り

 

木陰でゆったり

 

吹く風が

 

秋の気配を感じさせます

さて

 

次にやってきたのは

 

「裏磐梯の五色沼群」

明治21年

 

磐梯山頂北側が

 

水蒸気爆発によって

 

山体崩壊を起こし

 

岩なだれが川をせき止め

 

このエリアに

 

数百もの湖沼が

 

形成されました

「五色沼湖沼群」は

 

毘沙門沼 赤沼 みどろ沼 竜沼 弁天沼 るり沼 青沼 柳沼など

 

数多くの湖沼の

 

総称です

ここは

 

最も大きな

 

「毘沙門沼」

沼によって

 

エメラルドグリーン コバルトブルー ターコイズブルー パステルブルーと

 

色が違う不思議な場所で

 

「神秘の湖沼」と

 

言われています

 

5つの沼というわけではなく

 

様々な色彩を

 

見られることから

 

「五色沼」という

 

名前がつきました

 

別のルートから

 

「青沼」を

 

目指します

到着しました

なかなか

 

写真では

 

伝えられませんが

 

ここ青沼は

 

自然が作り出したものとは

 

思えない

 

綺麗な色を見せてくれます

 

 

 

 

 

 

裏磐梯は

 

ツキノワグマの生息地です


どこを歩くにしても

 

クマに出会う

 

可能性があり

 

そこら中に

 

「熊に注意!」の

 

看板を見かけました

 

友人は熊鈴を

 

私はラジオの大音量を

 

流しながら

 

森の中を

 

歩いています

今宵の宿は

 

檜原湖の湖畔のホテル

今日は疲れて

 

爆睡です

 

「磐梯山」が

 

見えてきました

 

 

黄金色の

 

稲穂と

 

宝の山「磐梯山」

この時期だけの

 

特別な一枚が

 

撮影できました

 

大満足

「猪苗代湖」が

 

姿を現しました

磐梯山は

 

約5万年前と1888年の

 

少なくとも二度

 

大規模な山体崩壊・岩なだれを

 

起こしました

 

5万年前の山体崩壊は

 

川をせき止めて

 

猪苗代湖ができたと

 

考えられています

 

日本で

 

4番目に大きな湖


透明度高い

 

澄んだきれいな水で

 

弱酸性で

 

植物や藻があまり

 

繁茂していないのだとか

 

きれいな風景に

 

心癒されます

湖畔の高台にある

 

「天鏡館」へ

120年前

 

有栖川宮威仁親王が

 

この地を訪れ

 

猪苗代湖の美しさに

 

魅了されて

 

建てられた別荘です

こちらが

 

「有栖川宮威仁親王」

この場所に

 

こだわった理由は

 

猪苗代湖の景観

 

天を映す鏡といわれるほどの

 

水質のきれいさは

 

今も健在でした

昭和天皇・皇后両陛下が

 

新婚旅行で

 

ここに滞在された

 

歴史もあるそうです

 

 

 

当時は

 

天鏡閣2階のベランダや

 

3階の塔屋から

 

湖がよく見えたのだそう

現在は

 

樹木が成長したため

 

残念ながら

 

湖はほとんど

 

見えませんでした

モミジが

 

色づいて

 

いい感じの写真が

 

撮れました

本日の

 

お昼ご飯は

 

名物の「ソースカツどん」

そして

 

「喜多方ラーメン」

 

どちらも

 

美味しかった

二日目の朝

 

朝食食べたら

「飯盛山」に

 

登ります

「飯盛山」は

 

会津若松の東に

 

位置する

 

小高い山

戊辰戦争の

 

悲劇の物語として

 

語り継がれる

 

白虎隊十九士の墓が

 

あります

白虎隊は

 

戊辰戦争(会津戦争)に際し

 

会津藩が

 

年齢別に編成した

 

四部隊の一つです

 

最も年齢の若い

 

16歳から17歳の

 

会津藩士の子息によって

 

構成されました

朱雀隊 青龍隊 玄武隊も

 

組織されていましたが

 

白虎隊は

 

実際の戦闘に出る予定はなく

 

主に警護の為の

 

予備隊という位置づけでした


しかし

 

戊辰戦争が始まり

 

戦場が会津に移ると

 

藩主松平容保公から

 

出陣命令が下されます

 

鹿児島へ行った折訪ねた

 

知覧特攻記念館と

 

若者たちが

 

国への忠誠を誓って

 

死を選んだ歴史と

 

思いが重なって

 

胸が痛くなりました

自刃した

 

白虎隊士19名が

 

この地に眠っています

 

 

白虎隊の少年たちは

 

この高台から

 

鶴ヶ城が

 

炎上する光景を見て

 

ここで自刃したそうです

遠く鶴ヶ城が

 

見えました

 

 

「さざえ堂」へ

 

やってきました

飯盛山に建つ

 

「さざえ堂」は

 

六角三層のお堂です

 

正式名称は

 

「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」

 

といいます

国重要文化財

 

 

 

中に入ると

 

独特な2重螺旋の

 

スロープになっていて

 

上りと下りが

 

全く別の

 

通路になっている

 

一方通行の

 

摩訶不思議な構造

かつては

 

西国三十三観音像が

 

安置され

 

このお堂をお参りすることで

 

三十三観音参りが

 

できるといわれていました

これまで

 

観たことのない

 

変わった建物に

 

ビックリです

 

さざえ堂から

 

石段を下ると

「戸ノ口堰洞穴」がありました

戸ノ口堰洞穴は

 

江戸時代

 

猪苗代湖から

 

会津若松へ

 

水を通すために

 

開削された水路の出口

 

戊辰戦争のとき

 

猪苗代湖畔での

 

戦いに敗れた白虎隊が

 

この洞穴を抜けて

 

城の見えるこの地まで

 

たどり着いたと

 

いわれています

この水路は

 

猪苗代湖から

 

全長30㎞も

 

あります

 

京都の琵琶湖疎水

 

蹴上から南禅寺あたりの

 

風景に

 

よく似ているなと思いました

旅の初日

 

最後に訪ねたのは

 

「鶴ヶ城」

会津若松の

 

シンボル的な存在

「会津若松城」とも

 

呼ばれています

蒲生氏郷が

 

東日本で

 

初の本格的な天守閣を

 

建て

 

「鶴ヶ城」と命名しました

戊辰戦争では

 

新政府軍の

 

一か月に及ぶ猛攻に耐え

 

難攻不落の名城として

 

知られるようになりました

明治に

 

天守閣をはじめとする

 

すべての建物が

 

取り壊されましたが

昭和40年に天守閣が再建

 

平成時代には

 

屋根瓦が

 

幕末当時の赤瓦に

 

ふき替えられました

会津盆地は

 

豊かな水資源を持ち

 

広大な穀倉地帯が広がります

その盆地の

 

南東の隅に

 

城を中心として

 

城下町が形成されました

城下町の中心からは

 

各所へ街道が通じ

 

奥州の玄関口として

 

交通の要衝になりました。

戊辰戦争は

 

旧幕府軍と新政府軍の間で行われた

 

江戸から明治へ

 

近代日本の大変革の

 

象徴的な戦いでした

 

鶴ヶ城は

 

旧幕府軍の重要な

 

拠点として使われ

 

約1ヶ月にわたる

 

攻防戦の後に

 

降伏しました

「茶室麟閣」です

豊臣秀吉の命により

 

蒲生氏郷が

 

会津に入ります

 

氏郷は

 

織田信長の娘婿であり

 

利休の弟子の筆頭に

 

あげられるほどでした

 

千利休が

 

秀吉の怒りに触れて

 

死を命じられます

 

氏郷は

 

利休の茶道が

 

途絶えるのを惜しんで

 

その子少庵を会津にかくまい

 

千家茶道が引き継がれ

 

今日の

 

茶道隆盛の基が

 

築かれたのだとか

先日

 

千玄室さんが

 

亡くなられたばかりですが

 

千家のルーツにまつわる

 

物語は

 

ここにもあったんです

 

すごい話ですね

 

七日町通の

 

カフェで

 

コーヒーブレイク

 

そのあと

 

末廣酒造で

 

お酒を購入

そんなこんんなで

 

秋はつるべ落とし

 

すっかり夕方になりました

 

今宵の宿は

 

会津若松の奥座敷

 

東山温泉へ

昼ごはんを

 

いただき

 

次にやってきたのは

 

「大内宿」

「大内宿」は

 

南会津にある宿場

重要伝統的建造物群保存地区に

 

選定されており

 

「売らない、貸さない、壊さない」という

 

住民憲章の三原則があり

 

伝統的な景観が

 

住民の努力によって

 

守られています

30軒を超える

 

茅葺屋根の民家が

 

立ち並び

 

江戸時代の街並みが

 

そのままの姿で

 

保存されています

昔ながらの

 

茅葺の日本家屋が

 

未舗装の

 

道の両側に

 

並んでいます

江戸時代には

 

東北の諸大名の

 

参勤交代の際

 

重要な宿場町として

 

栄えていた場所です

中山道の宿場町

 

例えば

 

馬籠宿や妻籠宿などを

 

訪ねたことがありますが

 

少し

 

趣が違います

 

なにか

 

もう少し牧歌的な

 

雰囲気に感じられました

当時の会津藩主はもちろん

 

伊達政宗や豊臣秀吉も

 

立ち寄ったとされています

さほど海外からの

 

観光客には

 

知られていないようで

 

混雑せずに

 

見て回れます

 

 

 

急な階段を上って

 

見晴らしスポットへ

大内宿と言えば

 

必ず見る

 

こちらの風景が

 

待っていました

 

ここだけにしかない

 

風景の一枚が

 

撮れました

伊丹空港から

 

飛行機に乗り込みます

幸運にも

 

雲一つない

 

富士山を

 

観ることができました

幸先がいいですねえ

 

さらに

 

ラッキーなことがありました

なんと

 

搭乗した機体が

 

虹色の輪の中に

 

映っています

 

ブロッケン現象です

 

ブロッケン現象は

 

背後から差し込む日光で

 

雲に光が散乱され

 

光の輪が現れるものです

ドイツのブロッケン山で

 

よく見られたことから

 

「ブロッケン現象」と

 

呼ばれます

東北

 

福島空港に

 

到着です

 

空港で

 

レンタカーを借り

 

まず初めに

 

やってきたのは

「塔のへつり」

塔のへつりは

 

自然が作り出した

 

独特の地形で知られています

 

百万年もの歳月をかけ

 

浸食と風化を繰り返し

 

見事な景観が


造られました

国の天然記念物

「へつり」とは

 

会津地方の方言で

 

「川に迫った険しい断崖」

 

という意味

その名の通り

 

高さ約70メートル

 

幅約100メートルの

 

断崖が連なり

 

奇岩怪石が

 

塔のようにそびえ立つ景観は

 

圧巻です

 

 

長い年月をかけて

 

川の水流が岩を削り

 

浸食されることで

 

「へこみ」が生まれました

 

その結果

 

硬い部分が

 

ひさしのように突き出し

 

人が通れる

 

路が出来上がりました

自然の力は

 

すごい

昼ごはんにしましょう

 

「農家れすとらん」

 

田舎の古民家を開放した

 

蕎麦屋さん

 

十割そばと

 

地元野菜の天ぷらを

 

いただきます

夜ごはんは

 

盛岡名物

 

ぴょんぴょん舎の

 

「盛岡冷麺」

 

翌朝

 

ホテルの近くで

 

モーニング食べたら

 

出発です

「石川啄木新婚の家」

 

 

遠野まで

 

車で走り

「伝承園」

奇怪な現象をもたらす

 

妖怪や

 

人知を超える神様の伝説

 

祖母から孫へ

 

昔語りとして

 

口伝され現代に残りました

その数の多さや

 

内容の面白さで

 

日本屈指の

 

伝承の里となっているのが

 

岩手県「遠野」地域

柳田国男の

 

「遠野物語」に代表される

 

遠野の不思議な

 

世界観を体感できます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシキワラシの

 

気配が感じられる部屋

 

そして養蚕の神様でもある

 

オシラサマについて

 

知ることができる

 

御蚕神(オシラ)堂があります

 

 

 

 

 

 

 

「カッパ淵」

 

 

 

 

遠野の小川の淵には

 

カッパが多く棲み

 

人々を驚かし

 

いたずらをしたという話が

 

たくさん残っています

さらさらと流れる

 

カッパ淵は

 

うっそうとした

 

茂みに覆われ

 

いつカッパが現れても

 

おかしくない雰囲気

 

カッパの好物

 

きゅうりを

 

ぶらさげ

 

ご登場を

 

待ちます

「出~たあ~~!」

 

注意書きに

 

美男美女は

 

カッパに引き込まれると

 

ありますが

 

私もかみさんも

 

無事でした

 

複雑だなあ~

岩手の旅

 

珍道中

 

面白い旅になりました

 

美味しいそば食べて

 

帰ります

 

​​​​​​​

盛岡から

 

北へ

 

車を走らせ

「八幡平アスピーテライン」へ

「アスピーテ」とは

 

楯を伏せたような形の

 

火山を示す名称

岩手と秋田の両県にまたがり

 

八幡平を横断する

 

全長約27kmの

 

ドライブウェイ

 

 

 

茶臼岳の

 

山腹を縫って走る道から

 

南に岩手山が

 

眺められ

 

樹林の中に青い湖沼や

 

アオモリトドマツの枯れた木々が

 

八幡平ならではの

 

景観を作り出しています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空のドライブって

 

感じ

 

気分爽快です

 

秋田県と岩手県

 

県境

 

 

 

 

 

八幡平を下って

 

やってきたのは

 

「焼走り熔岩流」

1732年の

 

岩手山大噴火の際に

 

流れ出た

 

溶岩流の跡が

 

そのままに残っています

いまだに

 

植物が

 

ほとんど生息できない環境で

 

見渡す限り

 

溶岩流跡の黒い岩肌が

 

広がる景色は

 

壮大

 

国の天然記念物にも

 

指定されている

 

溶岩流跡には

 

散策路が整備されていて

 

1時間程度で

 

一周でききました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に

 

「岩手山」が

 

少しだけ

 

顔をのぞかせてくれました

 

日が沈みます

 

今宵の宿に向かいます

盛岡まで

 

やってきました

「櫻山神社」

 

 

 

 

「岩手銀行赤レンガ館」

小さな東京駅といった

 

外観

 

それもそのはず

 

東京駅を造った

 

辰野金吾の設計です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「啄木・賢治青春棺」

明治43年

 

旧第九十銀行本館本店として

 

建てられた

 

モダンな建築物です

 

 

 

 

 

昼ごはんは

 

「白龍」で

盛岡名物

 

「ジャジャ麺」を

 

いただきます

小さな町の食堂ですが

 

これを食べるのに

 

30分ほど

 

並びました

お腹がふくれたところで

 

「盛岡城跡」を

 

散策

 

 

裁判所に咲く

天然記念物

 

「石割桜」