皆さま、お早うさん、こんにちは、あるいはコンバンワ

当地、本日は快晴です

桜花は散り初め、これからはいよいよ、新緑の候の始まりです

そこら辺の雑草たちも、気合が入っています


若草1 「いよいよオレたちのシーズンだにゃあ~、頑張るぞ~っ」

若草2 「そうだね~、人さまもあたしたちの登場を待っているよ~」

若草3 「別に、いい意味で、じゃないけどね…」

若草1 「オレたちをすごく迷惑がって、ジョソウザイとかいう酷いものを撒く輩もいるし~」

若草2 「でも、確かにあたし達って、人さまの都合なんて、全然考えずに生えるもんね~」

若草3 「嫌がられるわけだ~」

若草2 「でも雑草って十把一絡に呼ばれるなんて嫌ぁね~、皆ーんなオンリーワンなのにねっ」

老草(町内会長) 「…何とか、人さまとの共存の道は無いもんかのう、皆の衆…、ウム、これは古ーくからの我われ雑草町内会の課題なんじゃ…」


な~んて言ってないか…


話は横に逸れましたが、昨日の貧乏神さんの話。きょうは盛沢山です(;^_^A

貧乏神さんに関連したインターネット情報です。


『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4-1「祈る印の神の折敷」  

 染物屋が正直一途で長年勤勉に働き、正月には福運を願って枕の下に宝船の絵を敷いて寝るが、いっこうにその甲斐がない。

あまりの貧乏のため染物屋は、「いっそ人の嫌う貧乏神を祀ろう」と考え、藁人形に頭巾・帷子(かたびら)を着せて、供え物をする。

貧乏神は恩義を感じ、貧運を他家へ移し、「柳は緑、花は紅(くれない)」と唱えて染物の工夫を夢告する。

染物屋は新たな紅(もみ)染めの方法を案出し、分限(ぶげん)者となった。 』


『前述の『日本永代蔵』の貧乏神は貧乏を福に転じる神とされ、現在では東京都文京区春日北野神社の牛天神の脇に「太田神社」として祠が祀られている。

祠に願掛けをして貧乏神を一旦家に招きいれ、満願の21日目に丁寧に祀って送り出すと、貧乏神と縁が切れるといわれている。』



畏(おそ)れる、とか祀(まつ)るという言葉があります。

その対象が、尊いものや有難いものではなく、不都合で忌み嫌われるものであったとしても、

そのものに相応(ふさわ)しい場所を作り、与えること

「畏れ祀る」ということは、そういうことではないだろうかと思います


そうすることで我われは、不都合で忌み嫌われる出来事に向き合うこと、コミュニケートすることが、ようやく可能になるんじゃないかな、そう思うんです。



きょうも頼らせてもらっています

有難うさん、感謝です。