皆さま、お早うさん、こんにちは、あるいはコンバンワ

当地、本日は曇天。

でも、久しぶりの日曜日です。


私は、還暦が近いこの歳になっても

英語がsecond language として使えるようになりたいという思いがあります

なかなか目標は近づいてくれませんが…

ですから、娘が挑戦しているTOEICに、自分も挑戦したり、

ご縁があって出会ったVicki先生のレッスンも、先生が母国に戻られてからも続けているのです。


私を英語などの異文化(今と違い、私の年代において、あるいは丹波の山奥に育った私にとって英語(圏)は、異文化の象徴であったと思う)に突き動かすモチベーションとは、一体何だろうか、このことを考えてみたいと思います。


1.お馬と喋る夢

 大分前のことですが、お馬さんと喋る(意思疎通ができる)夢を見たことがあります。

喋ると言っても、唯、こんにちはといった挨拶位なんですが。

にもかかわらず、異種間での意思疎通、それが、どれほどワクワクする体験であったか!!

異種の(外見も文化も言語も異なる)生き物とのコミュニケーションが与えてくれる楽しみと、それへの強い好奇心。それを象徴しているような夢でした。


2.父が見た夢

 かつて父も、興味深い夢を話してくれたことがありました。

実際に昔、田舎の家では農作業用に黒牛を飼っていたんです。その黒牛が、夢の中で、もう1ヶ月位にもなる間、餌をもらっていなくて、死んでしまったようになっている夢でした。

その黒牛は、元気を無くしてはいるが、奇跡的にまだ生きていました。

親父は夢の中で、黒牛に酷いことをしたと申し訳無い気持で一杯になったそうです。


3.私の夢~「鍵と文鳥」

 参考⇒ http://ameblo.jp/bambo/entry-10458480262.html

この夢でも、文鳥がまだ息をしており、夢の中で私は、『この小さな生きものが元気になるように

必ず、ちゃんと世話をしてやろうと強く思っていた』んです。


4.異文化体験としての「がんになるということ」

 この度、がんになったことも、がん自体はとっても嫌な、辛い、遭遇したくなかった出来事に違いないのですが、やはり異文化体験の一種だと考えています。

私の身から生じながら、私と相克するものとなった「がん」。

がんは私が自分から除外してきたものを糧として、私とは別個の発生と成長を遂げてきたものではないか。

こんな風に考えたりします。ですから、がんと対決するということの中には、私は私がこれまで除外してきた(私でないものとしてきた)別個の「わたし」に、私がちゃんと向き合って、「橋をかける」=私の一部としていく作業をしていくことが、含まれなければならない、と思っています。



さて、日曜日の朝。ゆっくり、資料を読んだりしながら時間をかけて、本日のブログを書きました。

少数とはいえ、折角読んでいただいている皆さまと、深く出会える内容にしたいと、いつも思っています。


目を通していただいて、嬉しく思います。

また、そのお陰で、皆さま仲間の支えや安心を戴いています。

有難うさん。感謝です。