30年前の夏、私は甲子園のアルプススタンドにいた。
照りつける太陽、したたり落ちる汗、歓声と悲鳴、冷たすぎる勝ち割り
124台のバスでの大応援団。
母校の初めての甲子園出場に、街中も沸きかえっていた。
私は、斜に構えた高校生であった。
母校の野球部は、ノーシードであったにも関わらず、
快進撃を続け、県大会の決勝に躍り出た。
私は、いつもの連れ合い達と、
バックネット裏で悠々と観戦していた。
同級生や後輩達は、スタンドで
ブラバンのコンバットマーチに乗せて
必死の応援を繰り広げている。
しかし、私は、どうしてもその中に入って、
夢中で応援する事は出来なかった。
しかし、絶対勝って欲しいという気持ちを
心の中で思い続けながら戦況を見入っていた。
大接戦の末、見事県大会優勝。
甲子園行きが決まった。
甲子園の応援は、3年生は自由参加であった。
私は、欠席の意思を担任に伝えた。
理由は、自分達の学校が、どのようにテレビで放映されるか
見たかったから・・・
という、今から考えると訳のわからない理由であった。
担任は、なぜ行かないのか?と
親にも問いただし、何回も説得をしてくれた。
家族からも、一生の思い出になるからと、
当日まで必死に私を説得をし続けた。
しかし、私の気もちはなかなか変わらなかった。
20:00頃、ついに、親父が怒り始めた。
「こんな反社会的な奴は今に学生運動にでも走るぞ」 と・・・
甲子園行きのバスの出発は23:00であった。
結局、そのバスに私は乗っていた・・・
延長15回裏、対戦相手の高知高校のランナーの足が
キャッチャーミットより、一瞬早くホームベースに滑り込んだ。
やはり、涙は出なかった。
でも、体全体が震えた・・・
担任が私に言った。
「来てよかったな!」
私は即座に一言だけ言葉を発した。
「ハイ!!」
