昨日、映画「靖国」を静岡で見ました。
これまで、県下での映画館での上映がなく、
「靖国を上映する静岡の会」の主催で、
本日まで2日間、計8回上映されています。
私の母方の祖父は、戦没者であり、
靖国神社に合祀されております。
戦後生まれた私の中には、祖父の存在は当然なく
戦没者として認識したのも、そんなに前でもありません。
この映画の上映にあたり、様々な意見があります。
賛成する人も、反対する人も
「表現の自由」「思想・良心の自由」という
民主主義社会の根幹から考えますと、
どちらのも主張も、それぞれ納得できる事はあります。
戦争が、「侵略戦争」なのか、
「謀略によって巻き込まれた自衛の為」のものか?
これは、その立場により見解は変わるし、
どちらも歴史事実から言えば正しいわけです。
ただ、犠牲になったアジアの人々の遺族の方たちや、
合祀を拒絶する遺族の気持ちは、
当然配慮する必要はあります。
ナレーションもないドキュメンタリー映画の中の主人公、
最後の刀匠、刈谷直治さんのシーンを見る中、
日本刀のその意味、かつては「武器」として作られ、
やがて「武士の魂」となり「権威の象徴」になっていく・・・
ちょっとだけ、理解できました。
この、これまでの日本人の心を表してきた
存在が、やがて失われていく・・・
時代の経過とともに、
戦争の事実や戦没者の記憶も失われていく・・・
この映画を問題視している人々の
心の底には、そうした時代の流れに対する、
どうにもならない気持ちが、怒りとなっているように
少しだけ感じました。

