「へっくし!花粉飛んでね?誰かティッシュ!」

豪快なくしゃみを栗田が飛ばし、手を差し出す。用意のいい颯が鞄からポケットティッシュを出して栗田に手渡した。

「山間だからなー花粉凄そう。お、店開きそうだぞ!」

少年たちに教えてもらった集落で唯一のスーパーの午前9時の開店を今か今かと待ち、シャッターが上がると同時に4人は店になだれこむ。田舎のスーパーだが菓子パンやおにぎり、飲み物の類はきちんと品揃えされている。それらを買いこんで土手で座って食べた。

「なんかこういうのもいいね。ピクニックみたいでさ」

カツサンドを頬張りながら岸は初春の空を眺める。澄み渡った青さにちぎれ雲が浮いていて、つくしやタンポポが点在している。素朴で美しい景色に心が洗われるようだ。

「ほんとほんと、温泉もいいけどこういう田舎町をのんびり歩くのもいいね」

颯は同意しながらメロンパンの袋を破る。

「俺は早く家帰ってオンラインゲームやりてーけど。まーでもこういうとこバカみたいに叫びながら走るのもいいかもなー」

「このつくし食べられるかな。おい、つくし狩りやろうぜ!」

弁当二個とゼリーとプリンをあっという間にたいらげた倉本はそこらへんに群生しているつくしを摂って回る。

そして腹ごなしが済むと、次の課題について話し合った。

「とにかくよ、旅館に向かうかこのまま帰るかのどっちかしかねーんじゃね?車のレンタル、いつまでだっけ?」

鼻をぐしゅぐしゅやりながら栗田が岸に訊ねる。

「確か…旅館で二泊するつもりだったから明日かな。エンストしたことも知らせないといけないし…」

「バスが走ってるんでしょ?それに乗ってとにかく麓の町まで出るしかないよね」

「颯の言うことも一理あるけどさ、やっぱヒッチハイクがてっとり早くね?そうすりゃ旅館まで送ってもらえるしそっからレンタカー会社に連絡すりゃいいし」

「んじゃとりあえずヒッチハイクしつつバス停に向かうか」

結論が出て、親指を立てながら少年たちに教えてもらったバス停へと向かう。人口が少ないことは景色を見ても分かる。家が点々としか建っていないし他に大きな建物もない。学校らしき建物が遠くに見えるがあまり子どももいなさそうでごく小規模な感じがした。

「お。あれ何?」

遥か向こうに見える仰々しい屋敷を倉本が指差す。小高い山の麓にこれまた武家屋敷みたいな建物が見えた。

「またお化け屋敷じゃあ…」

岸がボソっと呟くとまた栗田と倉本がからかい始める。かばってくれるのは颯だけだがそれはそれで情けなくなり、泣きそうっすねの状態になりながらバス停に着いた。

「…次の便2時間後じゃん…」

そんなものかもしれない。こんな田舎だと公共交通機関なんて期待できないし自家用車が必須だ。数少ない子ども達が進学する際はどうしているのだろう…そんなことを思っていると倉本が叫んだ。

「あー!!携帯がない!やっべーあの家に忘れてきちまった…」

「おいおいマジかよ郁、勘弁してくれよまたあそこまで戻んのかよ!」

栗田が倉本をどついて罵るが、仕方がないことなのでとぼとぼと屋敷に戻ることにした。だがどこをどう歩いてきたのかさっぱりで、道に迷い疲労だけが溜まってゆく。

「なあ…誰かに訊いた方が良くね?」

栗田の提案に三人で頷く。

「なんだか俺達昨日からずっと彷徨ってる気がする…これも妖怪の仕業か…」

「おい岸、それは著作権上やばくね?ウィス○―が怒って祟るぞ」

「ね、あれさっきのスーパーだよね?ほら、あそこ」

颯が指差した先にさっき買いだしをしたスーパーが見えた。となれば小学生達に書いてもらった地図があれば戻ることは可能…かと思われたがとっくにそれは捨ててしまっていた。

「しゃーない。店員に訊くか」

店の外で商品の入ったダンボールをチェックしていた店員がいたので岸は声をかける。アルバイトの学生だろうか、年はそう違わないように見えた。チャラそうな見た目がこんな田舎にミスマッチだ。

「…でかい桜の樹がある豪邸?」

その店員はあからさまに怪訝な表情になる。ジロジロと岸たち4人を見据えた後、押し殺したような声で問い返す。

「あんたら、あの家になんの用?この集落の人間じゃねーだろ」

「俺が携帯忘れて取りに行きたいんだよ。昨日かくかくしかじかで泊めてもらったんだけどこのビビリが…」

倉本の説明を途中で中断し、岸くんは店員に手を合わせる。

「見知らぬ土地で右往左往してる哀れな旅人なんで…どうかお助けを」

拝むと、店員はきょとん、とした後急に吹き出した。ひとしきり爆笑した後、最後のダンボールを棚に直す。

「なんか知らんけど面白そうな奴だな。俺もうあと10分くらいであがりだから待っててくれたら案内してやんよ」

 

店員は神宮寺勇太と名乗った。見た目どおりチャラいが陽気で、名前が同じ響きなこともあり岸は親近感を覚える。

「俺は今年で高校卒業したよ。…つっても通信だけどな。今はここでバイトして金貯めて免許取って車買いてえなと思ってて。仕事探すのはそっからだな。免許がないと雇ってもらえないとこがほとんどだし」

「ふーん。こっから出ようとかは思わないの?」

岸が訊ねると、神宮寺は考えるような仕草で首を捻った後、少し含みのある言い方をした。

「…出てぇけど、出らんない理由もあるしな。まーこの集落クソ田舎だけど生まれ育ったとこだから嫌いじゃないしよ。車さえ手に入りゃ休みの日に好きなとこ行けるし」

「ギャハハハハ!おめーアホそうに見えてわりかし色々考えてんな!まー俺も高校卒業だけどぶっちゃけなんも考えてねーわ。ギャハハハハハ!」

栗田のおかまいなしのアホ笑いにも神宮寺はノリ良く返す。出会ったばかりだがなんだか仲良くなれそうでいい出会いをした、と岸が思っているとその神宮寺の瞳に少し陰りが見えた。

それを認識すると同時に彼は前方を指差す。

「ほれ。あれだろ。お前らの言ってた家」

いつの間にか屋敷の近くまで来ていて、見覚えのあるいかつい屋敷が見えだした。

改めて見るとやっぱり不気味だ。まるで異空間に引き摺りこまれそうな歪んだ空気が漂っているようで岸は思わず身震いする。

栗田が倉本に「おめーが忘れてきたんだからおめーがインターホン押せ」と押しつけ、倉本は渋々門の前に立った。

ややあって中の人の声がインターホンから流れてきたが中々スムーズにはいかないようで、倉本が悪戦苦闘しながら説明する後ろから颯が援護射撃に回る。それを横目に、岸は神宮寺にそっと耳打ちして聞いてみた。

「ね、あの家幽霊出るんだよね?俺見たんだよ。あの桜の樹の下からぬうっと出てくるの…」

「幽霊なんて出ねーよ」

しかし渇いた答えが即座に返ってくる。神宮寺のさっきまでのノリなら冷やかされるかノってくれるかのどっちかだと思っていたが意外だった。

神宮寺は吐き捨てるようにこう続ける。

「あの家の奴らはくだらねーことに取り憑かれてんだよ。悪趣味な法事毎年やりやがって。くっだらねぇ」

「…?」

「もっとも、くだらねえのはここだけじゃねえけどな」

怒りさえ滲ませる神宮寺の眼差しに、岸と栗田が顔を見合わせていると倉本が疲弊しきった顔で戻ってきた。

「やっと分かってもらえたけどお前らもついてきてくれるだろ?俺一人であの家ん中入るのは嫌だぞ」

岸はまっぴらごめんだったが仕方がないということで、神宮寺も一緒に5人で屋敷の門を再びくぐった。