「へーこれがハイハイ星警察本部か。すげーな」
ハシモっちゃんに案内されて訪れたハイハイ星警察本部はまるで要塞のような仰々しい建物で、無言の圧力が放たれている。『正義』のシンプルな文字がその重厚な門扉に刻印されていた。
「とりあえず署内は凄く広くて移動だけでも大変だから皆これ履いてよ」
ハシモっちゃんが手渡してきたのはローラーブレードで、署内の標準装備らしい。なるほど中に入ると納得だ。まるで巨人の城のようにだだっ広い。歩いていてはカオルが今裁判にかけられている部屋に辿り着くのに1時間以上かかりそうだ。
「わっと…難しい…ぅわ!」
キシ君はこけて鼻を強打した。それを笑って指差していたジンも次の瞬間に尻餅をつく。ゲンキは青ざめながらフウにしがみついて生まれたての子鹿のようにプルプル震えて必死にバランスを取っていた。タニムラはすでに最初の第一歩で滑ってこけて後頭部を強かに打ち誰にも気付かれずに気絶している。
「これは乗れる人間だけで向かった方が良さそうだな」
アムの建設的な提案に皆同意し、スケボーで慣れているレイアと身軽なクリタ、なんでも器用にこなせるフウ、そして「こんなこともあろうかとマイ・ローラーブレード(NASA受注品)を持参しておいた」というアムがハシモっちゃんと共に向かった。
「それにしても広いね…なんのためにこんなに広くしてるの?」
フウの疑問にハシモっちゃんは先頭を走りながら答える。
「この中には留置所もあるから…脱走を防ぐためだよ。拘置者にはローラーブレードは履かせないし逃げても余裕で捕まえられるんだ」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!おいアム!!おめーだけなんでそんないいやつで走ってんだよずりーぞ俺にもくれギャハハハハハハハハハハ!!!」
「悪いがこれは特別受注品でな。ロケット開発と同じくらいの費用がかかっている。おいそれとやれるもんじゃない」
「何それぇ…バランス取らなくてもいい、ジェット噴射で最大時速300キロ、隕石が落ちても壊れないレアメタルで制作とか…一体どんな目的で使うもんだよぉ」
説明書を読みながらレイアが呆れて呟く。規格外の超高級品ローラーブレードの性能を目の前にして『アムにしがみついてた方が早く着けそう』という判断になり、その結果ものの数分で裁判室に到達した。
「裁判中は立ち入り禁止なんだ…内緒で特別傍聴席まで案内するから…絶対騒がないでね。特にクリタ」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!バカにすんなハシモっちゃん!!俺だってPTAはわきまえるっつーの!!」
「それを言うならTPOだろう…置いていった方が良くないか?ハシモっちゃんとやら」
「そうしたいのは山々なんだよね…何せ俺ももうちびっ子Jrとは言いがたい年齢で後輩を束ねる立場になりつつあって…ビーショウネンっていう6人の部下がいるんだけど何かあったら示しがつかなくなるし…」
「へえーハシモっちゃんが先輩にねぇ…」
子どもだと思っていたハシモっちゃんにも部下がいるようだ。フライフィッシングでキャッキャやっていた頃とは違う…そんなノスタルジーが駆け巡った。
「でもハシモっちゃん…クリちゃん置いてくとか許さないよぉ?」
妖しく光るレイアの絶対零度にハシモっちゃんは諦めて4人を特別傍聴席に案内した。
中ではまさにカオルが被告人席に立たされている最中だった。
「だから俺やってないっつーの!!財布忘れただけだっつーの!!こんなんで捕まるならサ○エさんだって捕まるだろ!!いたいけな16歳の少年に窃盗容疑かけて良心が痛まねーのかよ!!あとハラ減ったからカツ丼かなんか食わしてくれ!!」
「あーあー静かに。許可のない発言は認めません」
裁判長の足下を見るとこれまたローラーブレードを履いていた。一体この国のローラーブレード普及率はどれぐらいなんだろう…となんとなくレイア達は思った。
「では被告人の罪状を…逮捕したハイハイジェットから聴いてみましょう。お願いします」
言われて、ガタっと立ち上がったのはミズキだった。無表情で空を見つめたかと思うと次の瞬間には目つきが変った。
「大型スーパーでの万引き及び器物損壊…無銭で品物を大量に買い込もうとしていた模様です」
表情一つ変えず、まるでロボットのようにミズキは言い放った。かつての親友とかそういった感情は全く見せずに。
「すっごぉ…冷血鉄仮面だよぉ…僕の絶対零度といい勝負ぅ」
「ギャハ…モゴモゴおいアム、口を押さえんのやめろ!レイアはあいつなんて問題にならねーと思うぞ」
「クリタの言う通りだ。ああいう生真面目なタイプはレイアのように狡猾な奴には敵うはずもない」
「ひっどぉアムぅ…今度メロンにワサビ塗っといてやるからぁ…」
呑気に傍聴席で見ている間にカオルがどんどん窮地に立たされつつあった。この星はほかの星と違って独自の法律を持ち、犯罪にいたく厳しい。未成年でも窃盗で禁固10年の刑が課せられるようだ。
「ちょ…10年とか俺いくつになんだよ!作者だって『くらもっちゃんは今頃イケイケハイスペックDKとして人生を謳歌してんだろうなぁ…そういや来週で17歳セブンティーンかよぉ…』って時々懐古するけどそれよりさらに10年だと!?『もしかしたらくらもっちゃんはその頃にはパパになってるかもなぁ…』って妄想に切り替わるだろ!」
「ワケ分かんないこと言ってないで…とりあえず被告は黙りなさい」
「いいや黙らないね!!おいミズキ!!お前どうしちゃったんだよ!!そりゃあお前はこの俺の熱烈アタックにも眉一つ変えずに適当にあしらうくらいのドSっぷりと長所の真面目なところは時として短所の真面目すぎるところになったりもするけど…俺のこと信じてくれないのかよ!!何がお前を変えたんだよ!!」
カオルの魂の叫びは室内に虚しくこだまする。ミズキは依然として表情を変えず、発言の必要がない場面では沈黙を貫いていた。
「カオルぅ…泣けてくるよぉ…僕もクリちゃんが再会した時あんなだったらと思うと…クリちゃんに限ってそんなことないって思うけど…胸が痛いよぉ…」
「うむ。カオルにあんな熱い一面があったとはな。あのミズキって奴は相当カオルにとって大切な存在だったに違いない」
どこから取り出したのか、裂けるチーズをもくもくやりながらアムは呟く。そのお裾分けにあずかりながらフウも目を潤ませた。
「可哀想にカオル…大好きだった親友に無実の罪で警察に突き出されるなんて…俺がもしキシ君にそうされたら…ヘッドスピンで惑星ごと消し去ってしまうくらいショックだよ」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!おめーら呑気に同情してる暇はねーぞ!!カオルが刑務所に閉じ込められたら助けらんなくなるぞ!今しかねーよ!!」
「ハッ…そうだったよぉ。カオル助けに来たんだったぁ。こうしちゃいられないよぉちょっとぉアムぅチーズモグモグやってる場合じゃないよぉどっから出したのそのワインセットぉお前11月26日までは未成年だろぉ!!ダメダメぇ!!」
クリタが大声をあげたのとレイアがアムを叱責する声で室内の視線は一気にこっちに集まってしまった。ハシモっちゃんが青ざめる。
「レイア…フウ…お前ら…」
「カオル!!安心して!!俺たちが君の潔白を証明しに来たよ!!ハイ裁判長!意義あーり!!」
勢いよく挙手するフウにますますざわつくが彼はそんなことはおかまいなしにカオルの弁護に回った。
「俺たちは買い物しようと町まで出かけたがサイフを忘れたサ○エさん…じゃなかった…サイフ忘れただけでもう支払いは済ませてあります!!ほらレシート!!」
聡明なフウはちゃんと証拠のレシートを持ってきていた。その時まで全員それを忘れていた。
「フウかしこぉい…さすがだよぉレシートのことすっかり忘れてたぁ」
「ふむ…そこがレイアとの違いだな」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!フウよくやったぞ!!」
ずかずかとフウは裁判長の元まで歩いて行き、レシートを見せる。
「これでカオルの潔白は証明されましたね!!」
「いや待て…これでは証明にならない。何せ現行犯逮捕だからな。…そうだろう?ミズキ・イノウエ巡査。君が逮捕の手続きと取ったんだ。間違いでは済まされないぞ?」
検察らしきおっさんがミズキの方を指差す。
「ミズキ…」
カオルは再びミズキの方へと向き直る。そこには表情を殺したミズキがうつむいていた。
「君が現行犯で逮捕した時の音声がハイハイ警察製のローラーブレードに仕込まれているはずだ。その音声を出せばちゃんと罪は立件できる。さあ出すんだ」
そんなものがあったのか…と皆固唾を飲んだが見守るしかない。レイア達はミズキの動向を待った。
「…」
ミズキの冷たい横顔はなかなか動くことはなかった。今も履いているそのブレードに仕込まれているはずなのに何故が手がそこに伸びない。しびれを切らした検察が彼の元へ歩み寄った。
「どうした?君がやらないなら私がやろうか?」
「俺…」
そこでようやく、ミズキから声が発せられる。
彼はまるで独り言のように言った。
「生まれた時から親がいなくて…でも、それでも施設で友達や施設の人と仲良く暮らせてたからほんとに幸せだったんだ。だけど施設が取り壊されてみんなバラバラになって…そっから生きてくために必死で…毎日お腹すかせて…金持ちに売られた時もこれでひもじい生活から脱出できるかなと思ってそれを受け入れようとしたけど、でもできなくて気が付いたらどっかの宇宙船に密航してた…」
ミズキがゴッドセブン星の金持ちに売られたかもしれない、という噂をカオルは耳にしていた。だからこそカミセブン号に乗り込んだのだ。それをレイア達は思い出す。
ミズキの独白は続いた。
「それで辿り着いたのがこのハイハイ星で…この星では生まれも育ちも関係なくて、ただ正義とローラーブレードの技術があれば誰でもまっとうな仕事に就ける。俺にはうってつけだった。だから俺はここで自分の正義を貫いて、真面目に暮らしていくってそう信じてたんだ」
そこでミズキは顔をあげる。その先にはカオルがいた。
「クラモっちゃんに会った時…俺は死ぬほど嬉しかったけど…でもこの生活を崩したくないって思ってしまって…クラモっちゃんの話を聞く前に逮捕してしまった…俺の頭の中には任務遂行しかなかったんだ」
「ミズキ…」
「でも俺は…俺はもしかしたらとんでもない過ちをおかしてしまったのかも…大事な何かを失ってしまってる気がする…」
そこで初めてミズキの表情に戸惑いが見られた。水晶のような瞳には迷いが色濃く表れている。
「ミズキに葛藤が現れたよぉ…あと一押しだよぉ」
そう思った次の瞬間、それまでミズキの後ろでずっと黙って傍聴していたであろう少年たちが一斉に立ち上がった。
「ミズキ君!!そんな…そんなこと言わないで下さい!!ミズキ君は俺たちの憧れの先輩なんですから!!」
「そうです!!」
立ち上がったのは6人の少年たちだった。
「なんだありゃ?」
クリタがハシモっちゃんに問うと、彼は少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「俺たちハイハイジェットの部下で…ビーショウネンっていう少年警察だよ。常に俺たちと仕事を共にして指導してるんだけど…」
「ほう…」
6人のビーショウネン達はミズキに口々にはやしたて始めた。
「ミズキ君!!確かにミズキ君はドSで時々薄ら寒くなることもあるけど…勝手に俺の携帯で俺の親に電話したりもして笑えないイタズラもしてくれるけど…俺の憧れなんです!!」
「ナス…」
「俺もです!!俺なんか連絡先すらまともに交換してもらえないドSっていうよりわりとまじで疎まれてるんじゃないかって心配になるけど…それでも1時間ぐらいトークしたこともあるから憧れです!!あと俺のこといつもちっちゃいイジリしてきてくれるし!嬉しくないけど!」
「フジイ…」
「俺も!!俺のこと『消去法でビーショウネンで2番目(同率2位含む)に好き。但しフジイとイッセーは別枠』って言ってくれて…それってもはや下から数えた方が早いんじゃ…ってドS満載な返しされたけど…それでも俺はミズキ君が運命のフレンドなんです!!」
「ウキショ…」
「俺…俺はえっと…作者が『とりあえずB少年誰一人分からないから雑誌を読んで情報を漁るか…』って過去の雑誌読み返したけどめぼしいエピソードが見あたらなかった…だけど俺はミズキ君が憧れの上司です!!適当ですみません!!」
「リューガ…」
「俺は…あの…正直入りたてで…けどミズキ君は人狼ゲームが異様に強いからその冷血鉄仮面なとこ尊敬してます。僕は顔からしてゆるいですから…ハイ」
「イッセー…」
「俺は何も語ることありません。俺のことビーショウネンでダントツ1位だと言ってくれましたから。てかもうぶっちゃけミズキ君は俺以外のビーショウネンには興味ないですよね?俺はミズキ君に付いていくつもりです」
「イワサキ…」
部下たちの熱くも微妙な告白に、ミズキの迷いがあらぬ方向に晴れていってしまう。彼はビーショウネン達を前に、先輩の顔つきになった。
「そうだ…俺は少年警察ハイハイジェット。この星の正義と秩序を守るんだ。昔なじみに同情して迷うなどあり得ない。そうだよな…ユウト、イガリ?」
傍聴席には残りのハイハイジェットもいた。相変わらずあのコスチュームに身を包んでいる。こんな厳格な場にふさわしくないフザけた衣装を
「そう。一時の感情で正義の心を揺るがすなどまさに愚の骨頂」
イガリが将棋を指しながら答えた。
「とりあえず証拠の音声出しなよ」
ユウトが提案する。ミズキは頷いた。
「では…」
ミズキの手がそのローラーブレードに伸びる。
「やっばいよぉ…かくなる上は…アムぅ」
「うむ。ハニューダコンツェルン開発部特製の煙玉でどさくさにまぎれてカオルをかっさらうか」
「それしかないね。俺たち次の日には指名手配になりそうだから本日中にこの星発たないと」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!フウとレイアの顔写真だけは残らねえようにしねえとな!!んじゃせーのでアムにしがみつくぞ。アムしかマスク持ってねーしな!!」
結論が出てアムが煙玉の安全装置を外そうとしたその時…
「いいよ。その必要はないよ。俺がやりました」
カオルがそう呟いた。