「ふうむ…実に不思議な特殊合金とシステムですね。興味深い」
眼鏡をかけた痩せたおっさん達がクリタを取り巻いてその腕に嵌められたリングを興味深げにまじまじと見る。もう小一時間はこんな状態でいい加減クリタはキレそうになった。
どこかの研究施設にクリタは運ばれ、そこにはアムとゲンキの両セレブがその巨大な財力とコネで手配した宇宙でも指折りの各方面のプロフェッショナル達が集っていた。
診察台みたいなものに乗せられたがまだ何にもされていない。じれったくなってクリタは叫ぶ。
「おいオッサン達!感心してねえで早くこれ外してくれよ!!」
「まあ待ちなさい。そんなに簡単に外れるなら苦労はないと言ったのはお前さんたちじゃないか」
「なんとかなりそうですか?」
付き添いのゲンキが尋ねると、おっさん達はイエスともノーともつかない返事をした。
「とりあえず分かったことはこのリングは特殊合金でできているということ。それも人工のものではなく天然でしょう。宇宙でもこんな合金の取れる星は少ない。かなり希少な金属です」
「そして次に認証システムですね。そこのおぼっちゃんの話によると王族の証である特殊な血に反応するとありますから…おそらくはDNAを記憶させているのでしょう。それに反応するように全宇宙を網羅させるシステム…こんなものを一国家が作り出せるとは思わないがたまたま範囲内だったということですかな」
クリタには全く分からない話だ。もういい加減限界だ。
「だー!!オッサンらワケわかんねーこと言ってねーでこれ外せ!!そんでレイアに会わせろ!!俺は気がみじけーんだよ!!無理なら腕切り落としてくれ!!」
「うるさい子だな。まあ最終的に不可能と判断した場合はそうできるようにちゃんと外科スタッフもいるから安心しろ」
気が付かなかったがそれっぽい奴らも後ろの方にいた。クリタは勢いで言ったものの片腕なくなったらもうゲームできねえかな…と少し冷静にならざるを得なくなる。
「大丈夫だよクリタ。心配しないで。君の腕を落としたらレイアに末代まで呪われそうだからそうならないようにちゃんとどうにかするから。ミックーの恩はちゃんと返すよ」
「お、おう。頼むぜ」
「ふーむ。とりあえずこれでなんとかしてみるか」
チェーンソーを持ったオッサンが現れた。ウイーンと冷酷な機械音を立てた巨大なそれをいとおしそうに見つめてなんだか涎を溜めている…
「おいコラオッサン!!そんなもんでどうにかできるならとっくにやってらあ!!おめーら本当にセレブ野郎が用意したプロ軍団かよ!!やってること工事現場のオッサンと変わんねーじゃねーか!!」
「どのくらいの強度か見るだけだ。大丈夫、腕切り落としたりしないから。おい押さえつけろ」
「コラああああああああああああああああああ」
クリタは押さえつけられ巨大チェーンソーが押し当てられたがしかしリングには傷一つ付かず逆にチェーンソーの歯がほどなくしてイカれた。
「ふむふむ。これではダメか」
「だから言ったろ!力尽くじゃダメなんだよ!」
「核兵器に頼るか…」
「アホかてめーらは!!アホはタニムラだけで十分だ!!っておいタニムラどこ行った!?」
喚き立てると奥の部屋からメロンジュース片手にアムが出てくる。何故か白いガウンを着込んでいた。
「タニムラ?ああ、あの暗い奴か。それならキシ君とジンとカオルがレイアとフウ探索に使えるかもしれないと連れていったぞ」
「んだとコラ!!あんにゃろう俺の一大事に…帰ってきたら蹴り100発だ!!」
「まあまあ落ち着いてクリタ。ここまでのはジョークで…今僕の手配したIQ300の超天才ハッカー達が解析を急いでるから…」
「頼むぞゲンキ!おいアム、てめーはなんでそんな優雅にジュース飲んでんだ!」
「俺とて無駄にダラけているわけではない。全宇宙エリート警察犬を手配してレイアとフウの匂いを辿らせている。人間の500万倍の嗅覚だからかなり頼りになるぞ」
「マジかよ…そんな鋭敏じゃ逆に他の臭いが強烈で役に立たねえことねえか?凄いのか凄くねえんだか分かんねえぜ」
不安だらけだが他に頼れる者もいないクリタは暴れ出したいのを必死にこらえてプロフェッショナル達の作業を待った。
キシ君達が必死になってレイアとフウを探索している頃、レイアが退屈に耐えかねてイライラし始めていた。
「フウ暇だよぉ。なんか歌ってぇ」
「大声出したら下の住人に気付かれちゃうよ。それに、まだ潜伏して2日なのに」
「だってつまんないよぉ。テレビもないから体育会TVも見れないし作者も『関東ローカルとかふざけんなよぉ!!れあたん見せろ!!れあたんをよぉ!!』って神経ささくれだってるしぃ」
「…なんのことか分かんないけどとにかくほとぼりが冷めるまで大人しくしてようよ。キシ君心配してるかなぁ…」
屋根裏部屋には何もない。動けないからお腹もすかない。昼も夜も暗いからなんだか神経がおかしくなりそうで思った以上に辛い耐久戦だった。
「フウぅ…お風呂入りたいよぉ体がベトベトするぅ」
「俺も入りたい…勢いのいいシャワーで体を洗いたい」
「お日様の下を走りたいよぉ…」
「ヘッドスピンしたい…」
どんどん鬱々としてきて、そのうちに頭がボーっとしてくる。気付けば2人とも屋根裏の出入り口の戸に手をかけていた。
「ハッ!!ダメだよぉ僕たちは逃亡中の身なんだからぁもし見つかって捕まったらスノプリ星滅亡しちゃうよぉパパやママが処刑されちゃうよぉ!!」
「気を確かに俺たち!!なんか楽しいこと考えて過ごそうよ。キシ君とデゼニイランドとかキシ君とランチバイキングとかキシ君とヘッドスピンの練習とか…」
しかしそれも数分と持たない。戸に手をかけては「気を確かに」の繰り返しで小一時間も繰り返すと心身共に疲弊してゆく。
「…辛いよぉ、フウぅ…」
「辛いね、レイア…」
二人してメソメソしていると、なんだか犬の遠吠えのようなものが聞こえてくる。いよいよ幻聴が…と2人で抱き合っているとその声はどんどん大きくなる。そして階下が徐々に騒がしくなってきた。
「なんだお前ら!!なんだこれ!!」
「シーッ!静かにしてください!おいカオル!!ここで間違いなさそうか!?」
「多分…こいつらもここだって言ってる。アムの話によると宇宙でも指折りの嗅覚を誇る警察犬だって。嗅覚が人間の500万倍とか」
「よし…じゃあ家宅捜索開始!!」
「ちょっとおい!!誰だよお前ら人ん家に勝手に上がり込んで!!警察!!けいさーつ!!」
「うっせえな…えっと騒がれた時にゃこれ使えばいいんだな。おいキシ君、マスク付けろ。アムがくれたCIA御用達催眠ガス放出すっから」
「ラジャージン!ほれ、カオルも!!」
聞き慣れた声がしたと思ったらシューっという何かが漏れる音がしてそれから一瞬静かになる。
「よし…探せ!!」
ガサゴソガサゴソ聞こえ出す。レイアとフウは顔を見合わせた。
「まさか…」
屋根裏の隙間からその下を覗いて見るとそこにいたのは…
「ジン…カオル…キシ…あと…タニムラもぉ…なんか倒れてるけどぉ」
マスクをしていないタニムラは家人と一緒に倒れていた。
ジンとカオル、そしてキシ君の3人が押し入れやトイレやらをばたばたと捜索して回っている。おっかない黒犬を何匹か連れて…
「どうしてここが分かったんだろ…」
レイアとフウが信じられない光景を目に驚愕していると、ふらふらとタニムラが起き上がってきた。そして首を左右に揺らし、そのまま上を向いて…
「!!」
レイアとフウは思わずのけぞって隙間から離れた。まさか今ので見つかってはいないと思うが…
「ねぇフウ…なんで僕らのいるとこ分かったんだろぉ…」
「分かんない…あの犬かな…そんな簡単に居場所が分かるなら今までも見つかってただろうがぁってツッコミは聞こえないフリをするとして…」
「だよねぇ…クリちゃんに付けられたリングの意味ないもんねぇ…」
「そういえばクリちゃんやアムとゲンキは…」
そんな疑問を飛ばしているといきなりメリメリと音を立てて何かが裂ける。
「え、ちょっとぉ…!
裂けているのは床だった。レイアとフウはそのまま真っ逆さまに階下に落ちた。
「フ…フフフ…そうか…ここでこうなってDNA解析して…ああなるほど…そういうことね…ハハハ…」
クリタはもう限界に近いくらいイライラしていた。変な診察台に寝かされて変な機械をリングにつけられて、それを側で白衣の眼鏡達がコンピューターで解析しているのがもうかれこれ二時間近く続いていた。いい加減誰かに蹴りでもいれなきゃ収まらないがタニムラがいない。どうにもエネルギーのやり場に困っていた。
「クリタ…もう少しだから落ち着いて…可愛い顔が大魔神みたいになってるよ…」
「ゲンキよぉ…これでダメなら俺はお前に蹴り喰らわすけどいいか…?」
「そんな…それはいじめだよ。僕は君のためにここまで手配したのに…」
「わりい…気が立ってた…代わりにジンでも蹴っとくか」
「それもやめて…ねえアム、君も一緒にクリタをなだめ…」
ゲンキが恐怖に震えながらアムに助けを求めると、アムはなり始めた携帯電話を手に取った。
「もしもし?何?見つかった?さすがはエリート警察犬だ。よし、そこにいてじっとしてろ。今から車を手配する」
「なに?レイアとフウ見つかったの?」
「ああ。安アパートの屋根裏に潜んでいたそうだ。催眠ガスが半分腐ってた屋根裏の床を壊死させたからそっから2人が降ってきた。てっきり室内かと思ったが」
「そっか…じゃあこっちの方も急がないとね。なんとかなりそうですか?」
ゲンキが問いかけると眼鏡の白衣たちは突然奇声をあげた。
「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ我々の勝利いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
目を血走らせ、血管を浮き立たせながら白衣たちは狂喜乱舞を始めた。ゲンキはどん引きしたがアムは冷静に尋ねる。
「分かったんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!!これはな!!このシステムはな!!つまりこうだ!!くぁwせdrftgyふじこlp;@!!」
クリタはもちろんアムもゲンキもちんぷんかんぷんな内容を白衣たちは興奮MAXで得意げに説明する。もっと簡潔にとアムが要求すると彼らは息を整えながら、
「つまりだね、このシステムに内蔵されたDNAの型を書き換えてやることによってシステムを無効化することに成功した。こういうことだ」
「なるほど。金属の方は?」
「それに関しては我々よりも金属に関する専門家に聞いた方が早いでしょう。ま、アクセサリーだと思えば…」
「うっせーオッサン!!これ何かとうっとーしーんだよ!!外せるなら外してーんだよ俺は!!」
「そうか…だがとりあえず一歩前進だ。これでクリタ、君はレイアとフウと一緒にいても大丈夫ということになる」
「おう。ありがとな。んでレイアとフウは見つかったんだな?」
「ああ。ここに向かっている。もっとも、カミセブン号周辺にはもしかしたら追っ手がいるからそっちには慎重に戻らなくてはならない」
程なくして、宅配便業者を装って大きなダンボールを持ったキシ君達が到着する。そのダンボールの中から現れたのは…
「クリちゃん…」
「レイア…」
クリタとレイアは見つめ合う。レイアの瞳にみるみる涙が溜まっていった。
「会いたかったよぉ…」
それだけ言うのがやっとで、レイアの目からぽろぽろと涙が零れる。普段は小生意気な小悪魔で涙なんて見せないよぉと舌を出して飄々としているレイアの涙に、一同も驚きを禁じ得ない。
「俺も会いたかったぞチキショー!!本物だな!?おめーは本物のレイアなんだな!?おいタニムラ、俺のほっぺたつねってみろ今なら許してやる!!」
しかしタニムラは催眠ガスの影響が残っていてラリっている最中でそれどころではない。代わりにカオルがつねってみたがあまりの痛さにクリタは反射的にカオルに蹴りを入れた。
「自分でつねれって言ったくせによー」
「うええええええええええええクリちゃんんんんんんんん」
レイアはクリタの胸の中でぐしゅぐしゅ泣いていた。こんな姿を見るのは皆初めてだ。
「嘘だ…レイアがあんな素直な涙を流すなんて…」
キシ君が顎を外しかけているとそのレイアの後ろからこれまた号泣のフウが登場した。
「キシ君!!もう会えないかと思った!!うわああああああああああああああああああああああああああああ」
「フウ…」
「俺は今まで何を失っても我慢してきたけど…キシ君たちと離れるのは…離れるのは嫌だった…だからまたこうして会えて…ううううううううううう」
無垢なフウの涙にキシ君もほろっときているとカオルの声でツッコミが入った。
「なあ、フウって泣いたら回るんじゃなかったっけ?」
「あああああああああああああああああああああああああそうだったあああああああああああああああああああああフウ泣いちゃらめええええええええええええ回っちゃらめえええええええええええええええええええ」
全員でフウが回り始めるのを阻止し、涙の再会は後回しになった。