「ちょっとおおおおおおお出してくれえええええええどこに連れてかれるんだよおおおおおおおおおおお」
キシ君は暗い車の中で叫んだ。だが無情にもエンジン音は止まらない。
「宇宙ってこええな…俺らどうなんだろ…」
カオルがペコちゃんキャンディを舐めながら呟く。フウは座禅を組んで瞑想していた。
小一時間程走った後、車は止まる。扉が開いて眩しい光が挿し込んできた。
「降リルンダ。着イタゾ」
キシ君達の両足には脱走防止のための超合金足枷が嵌められている。歩くには不自由はないが走って逃走しようとすると締めつけてくる仕様だ。
「…!」
そこはまるで別世界の煌びやかな豪邸だった。迎賓館か何かだろうか…手入れされた庭には薔薇が咲き誇っていて噴水も見える。贅の限りを尽くした大邸宅だ。
「こんなところで何を…」
その問いに異形のおっさんはゲハゲハと笑いながら答えた。
「オ得意様ノボッチャンノ誕生パーティーニ呼バレテナ、手ブラデ来ルノモ気ガ引ケルカラ余興デモト思ッテイタラ君タチノ芸ガ目ニ付イタンダ。安心シロ、パーティーガ終ワッタラ解放シテヤル」
「なんだ…そっか…じゃあ安心…」
「けどキシ君、レイアが…」
フウの言葉にキシ君はハッとする。そうだ、レイアを探さなくてはならないんだった。こうしてる間にも何処でどうして…そう考えると気が気ではない。
「へーお金持ちのパーティーかー。美味いもん食えるかなー」
カオルは呑気なことを呟いている。現在地が分からない以上解放されてもどうしたらいいのか…そんな心配を抱えていると屋敷の中に通された。
「君達ノ控エ室ハココダ。出番マデ大人シクシテロ」
綺麗な応接間に閉じ込められ、キシ君達はただ待つしかなかった。カオルはちゃっかりそこにあった茶菓子にも手を出してむしゃむしゃ食べ始める。
「レイアどうしてるのかな…」
相変わらず不安そうなフウの肩を抱き、「大丈夫だよ」としか言えない自分を情けなく感じながらキシ君はそのもどかしい時間を過ごした。
宙港には無人タクシーが何台も停まっている。レイアが行き先を告げると滑らかにタクシーは走り出す。
小一時間ほど走ると目的地に付き、タクシーの自動音声が料金支払いを告げた。
「ここの持ち主にツケといて下さぁい」
タクシーは大人しく去っていった。さぁて、とレイアは深呼吸する。この目的を遂行するまではカミセブン号には戻れない。もう一度頭の中で計画を再確認して屋敷の玄関に赴いた。
「パーティーのご招待客のお方ですか?でしたらお名前を頂戴いたします」
「あ、それにはおよびませぇん。行けないって返事しちゃったんですけどぉ昨日急に予定が変わって行けることになったから僕の名前はそこに載ってないですぅ」
「はぁ…左様でございますか。それでは確認をして参ります」
受付は通り一遍の応対をするがレイアはそれも予測済みである。
「そんな面倒をかけるわけにいきませぇん。それとも僕、もしかして疑われてますかぁ?」
「いえ、そういうわけでは…」
「せっかくあいつが『来れるようになって嬉しい』って言ってくれたのに…そうですかぁ…」
「そうではございません。我々の責任においてお客様に失礼のないよう通すのが務めでございますが…一応の確認だけ…」
あと一押しというところだがさすがはセレブの受付番人、得意の憂い瞳だけでは足りないか。レイアが次なる手段に移ろうとするとそこにゾロゾロと護衛を引き連れてやってきた太ったおっさんが通りかかる。
「ほぉ…なんと美しい少年」
おっさんの眼が妖しく光ったのをレイアは見逃さなかった。早くもカモが来たよぉ。レイアは一瞬でぶりっこモードに早変わりした。
「うわぁ素敵なおじ様ぁ。ご招待の方ですかぁ奇遇ですねぇ僕もなんですぅ。中でゆっくりお話したいなぁ」
「ほほう…来なさい」
おっさんはさっさと受付を済ませてレイアの肩に手を回す。受け付け係は多少とまどい気味だったが、おっさんにはかなりの権力があるらしくそれ以上詰め寄ってくることはなかった。第一関門突破だ。
レイアの計画はこうだ。
今朝自分のミスで逆噴射が作動し燃料をかなり使ってしまった。むしゃくしゃしてたから不貞腐れてしまったが一応ちゃんと反省したのだ。その落とし前をつけるために失った燃料分を稼ごうと決心した。
たまたま着陸したのがセレブの保養星で、星のトピックを紹介する掲示板を見たところ銀河有数の大金持ちの息子の生誕パーティーが迎賓ハウスで盛大に開かれるとのことで宇宙中からセレブが集まるらしいという情報を得てピンときた。
キシ君に出会う前は娼年まがいのことをして生計を立てようとしていただけに、おっさんに擦り寄って燃料分の通貨を得ることなど造作もないこと…レイアは計画を実行に移した。
「とりあえず燃料持ち帰って許してもらうことにするよぉ。フウ心配してるだろうけど後で謝るよぉ。体育会TV陸上部で誰よりも男らしくなったれあたんだものこれぐらいしないとねぇ」
身なりを整えてそれらしく振る舞えばオンボロ宇宙船の役立たずクルーだなんて誰も分かるはずもない。その証拠にレイアはセレブの中で全く違和感なく溶け込むことに成功した。
「まあぁご学友でいらっしゃるの…どうりで高貴な香りがするわけだわぁ…鼻筋もスッと通っていらして…理想的な曲線を描いていらっしゃるわねぇ」
「本当に。それによくよく見ると本日の主役とどことなく似てらっしゃる…。二人並べて見てみたいわねぇきっと画になるわ」
セレブおっさんもおばさんも口々にレイアの容姿を褒め称えてくれた。若干気持ち良くなっているところにパーティーの始まりを告げるファンファーレが鳴った。
「皆さま本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。本日の主役、アム・ハニウダ様のご登場でございます。盛大な拍手をー!!」
威勢の良い音楽と拍手喝采の中壇上にあらわれたのは…
「げ」
なんと宙港のブランドショップで嫌味をかましてきたあの少年だった。あんな店で桁違いの買い物をするから金持ちには違いないと思っていたがまさかこのパーティーの主役だとは…
「やばいよぉ。あいつの服一着くすねてるし顔割れてるし…長居は無用だよぉ」
パーティーを楽しんでいる暇はない。フウも心配してるだろうしレイアは計画の実行を急いだ。とりあえず目星をつけていたセレブおっさんに魅惑の流し眼テクをフル使用だ。
「僕ぅ…宇宙で勉強したいんですけどぉ親が許可してくれなくてぇ…せめて燃料さえあれば自分で宇宙船こさえて旅立つことができるんですけどぉ…誰か燃料譲ってくれないかなぁ…なんてぇ」
「はっはっは。なんだそのくらい。可愛いレアタンのためだ、おじさんがハイオク満タンにしてやろう」
いともあっさりと引っかかり、おっさんがスマホで燃料配達の手続きを完了したのを見てレイアは早々に退散することにした。
「すみませぇん…ちょっとトイレ…じゃなかった、お花摘みに行ってきまぁすすぐ戻りまぁす」
メイン会場を抜けてレイアはとりあえず一度カミセブン号に連絡だけしておこうとキシ君が支給したかんたん宇宙スマホを手に取った。ひらたく言えば電話をかけるだけの安物である。有効範囲は5光年だ。星内だと全く問題なく使える。
しかしメイン会場以外の部屋や通路にも招待されたセレブ達や係員が沢山いる。目立たないよう行動するにはやはりトイレが一番か。レイアはトイレを目指すことにした…が
「あ」
ちょうどトイレから出てきた人物に凍りついた。それはパーティーの主役…アムだった。
「お前…」
「あらぁどっかでお会いしましたでしょうかぁ。僕急いでますんでぇ」
踵を返して立ち去ろうとするとむんずと腕を掴まれた。
「ちょっとぉ何すんだよぉ僕急いでるんだよぉ」
「ここで会ったが百年目だ。その服…やっぱりお前がくすねてたのか。一番気に入ったやつがないからひょっとしてと思ったが…。何しにここへ来た?」
「何しにってぇそんな分かりきったことをぉ…誕生日おめでとー19歳なんだってねぇあのあむあむがもう19だなんて感慨深いよぉ手押し相撲懐かしいねぇ体育会TVの応援ご苦労さまだよぉサムライみたいな髪型してて驚いちゃったぁ数年の時を経て中国に渡ったんだってねぇ」
「どこの世界のなんの話をしている…!俺とお前は今日あの店で出会うまで全く会ったことも話したこともないだろう。そのお前がなんで俺の誕生日を祝いにくると言うんだ。招待客にはいないはずだ」
「だからぁあの店で出会って誕生日祝ってやろうと思ったんだよぉ。離せよぉ」
「離さん。一体何を企ててる。なんかよく分からんが俺の第六感が告げてるんだ。お前をこのまま帰すわけにいかん、とな」
やばいよぉどうしよぉ一発急所蹴りあげて逃げ出すかぁ…と思っているとアムを呼ぶ声が聞こえた。
「アム様、ここにいらっしゃいましたか。そろそろメイン会場にお戻りください。今からアム様のために楽しいショーの数々が始まりますので…」
「ちょっと待ってくれ。屋敷に侵入したくせ者が…」
しかしレイアはアムが腕を離した隙に体育会TVで鍛えた脚力を使って逃げていた。
「ソロソロ出番ダゾ。用意ハイイカ?」
呼ばれてよっこらしょとキシ君達は腰を上げる。パーティーはかなり盛り上がっているらしく賑やかな声や音楽が聞こえてくる。
「パフォーマンス終わったらよー、ちょっとご馳走拝借しようぜ。いい匂いがしてたまんねー」
カオルが涎を溜めながら提案したがフウが首を横に振る。
「そんなことしてる暇ないよ。レイア探さなきゃ」
「そうだな。こんなとこ早くおさらばして…うわ!」
キシ君はいきなり目の前でたかれたフラッシュに目を閉じた。眩い光に襲われたまらずのけぞるとそこは舞台のようなところでいつの間にかそこに立たされていた。
「さあさあ!世にも珍しい大道芸をご覧に入れましょう。なんと今日獲れたてのホヤホヤ芸人だ!さあ、レッツパフォーマンス!!」
けたたましいドラムロールと拍手が起こる。何がなんだかもうわけが分からない。分からないがとりあえずパフォーマンスさえすれば帰れるから仕方なしにキシ君は踊り、カオルは団子をお手玉のようにして食い、その真ん中でフウがヘッドスピン(ひかえめ)をする。
「うおおーーーーーー凄い技だ!!」
拍手や口笛が鳴り響く。盛り上がりは最高潮になりなんだかキシ君も気持ちが良くなった。フライングでもしたい気分だ。
「凄いぞ!!これは面白い!!うちのペットにぜひ欲しい」
葉巻を咥えた白髪の太った初老の男が立ちあがったのを皮切りにセレブ達がやいのやいのとキシ君達の引き取り先についてオークションを始めた。
「いや、うちが引き取ろう。サーカス団を作ろうと思っていたところだ。回る奴はそのまま使えるとしてあっちの汗だくには火の輪くぐりを仕込んであっちの肉付きのいい方はピエロにして玉乗りさせよう」
「いやいやそれよりも人間洗濯機として水槽の中で回ってもらってあとの二匹には人魚加工を施そう」
「そんなのはつまらん。最近買い取った鉱山にドリルの代わりとして働いてもらおう」
なんかとんでもないことになりかけてる…足枷も外れたしキシ君たちはこっそり逃げようとしたが警備に捕まってしまった。これでは帰るどころか更なるピンチを招いてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺達は大道芸人じゃなくて宇宙船カミセブン号の乗組員であって…ゴッドセブン星に資材配達に…モガモガ」
口を塞がれてしまい、身動き取れなくなってしまった。狂った金持ちたちはキシ君たちの値踏みを始める。
ヤバイ。これはもうヤバイなんてもんじゃない。売られて改造されてそんでもって人造人間キシ1号が来週から連載として始まってしまう…
恐ろしい妄想にキシ君たちは顔面蒼白になる。その頃レイアは…
「あぁもぉ最悪ぅ。まさかあいつの誕生パーティーだったなんてぇ…」
アムが使用人に呼ばれた隙に逃げてきたはいいが帰る手段がない。無人タクシーもないし宙港までは距離がありすぎる。どうしたもんか…
「とりあえず腹ごしらえしてから考えるよぉ。目的は果たしたんだしそんなに急がなくても大丈夫だよぉ。フウ心配してるだろうけどぉ…」
フウのことが気になりつつまたメイン会場に戻って隅の目立たないところで料理に手をつけ策を練り始めた。
「あ、このひじき入りオムライス美味しいよぉ今度カオルに作ってもらおぉ」
呑気に食事をしているとけたたましいドラムロールとオーケストラが鳴り始める。司会者がアムに見せるための数々のショータイムを始めることを告げた。そして次々に色んな芸やショーが始まったのだがそこでレイアは口にしたマンゴープリンを吹きそうになった。
「ちょ…あれフウとキシとカオルじゃんかよぉ…!」
信じられないことだが舞台上にいるのは紛れもなくフウとキシとカオルだ。なんだってあんなところに…何がなんだかわけが分からない。分からないがそのうちに一角でそのキシ達を買い取るオーディションが始まっていた。
「あいつら何やってんのぉ…?あんなヤバそうな金持ちに売られたらゴッドセブン星に行くどころじゃないじゃん。どんなドジ踏んでんだよぉ」
どうにかしないとカミセブン号に戻れたとしても一人ぼっちになってしまう。どうしようどうしようどうし…思考の輪が幾重にも重なりかけた時…
「よく戻って来たな…もう逃げて外に出てしまったかと思ってたぞ…」
「げぇ」
なんと真後ろにアムが不敵な笑みを浮かべて立っていた。フウ達に気をとられてアムの所在を気にするのを忘れていた。
「今度は逃がさんぞ…お前は一体何者で何が目的でやって来た…!」
「あぁもぉ面倒くさいよぉ。燃料だよぉ!燃料の補給に来たんだよぉ!あそこで回ってた奴らの乗ってる宇宙船の燃料が足りなくなったから金持ちに取り入って入手しに来たんだよぉ!カミセブン号っつって宇宙の果てのゴッドセブン星目指してんだけど僕のミスで燃料底を尽きかけだから責任とって調達しようとしてんだよぉ。これでいいだろぉフウ達助けないとぉ」
「何を言ってるのかさっぱり分からん!分からん以上は帰さん!あとあの奇妙な大道芸をしてる連中がなんだって?」
アムは迫ってくる。気付くと後ろは壁だった。
「お前アホかよぉ。三週間もイギリス行って何学んできたんだよぉ。そんなんじゃスケボー教えてやんないからぁ」
「だからなんの話だ!もういい。とにかくこっちへ…」
「わぁヤダヤダぁ!来ないで!来ないでぇ」
「そんな何年前のJJLネタなどれあむ信者以外覚えておるまい!さぁもう逃げられんぞ!煮てやろうか焼いてやろうか…!」
アムの顔面が数センチのところまで迫った時、会場から悲鳴のようなものが轟いた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
大方の予想通り、ピンチを感じたフウがマッハの速さで回り始めていた。そんなに高速で回って頭皮は痛まないのか、とか摩擦で熱が起こって頭がチリチリになるんじゃないかという危惧よろしく会場を台風で覆い始める。
「なんだあれは…」
アムが茫然とそのヘッドスピンに目を取られた隙にレイアはすり抜けた。可及的速やかにフウの元へかけよるべく人と人の合間を高速で移動し、そしてついに到達する。
「あ、レイア!」
キシ君とカオルがレイアに気付きびっくり仰天の表情で指を指している。
「説明は後だよぉ。フウのヘッドスピン操作するから僕の後ろに付いてこいよぉ。軌道それると台風に巻き込まれるから気をつけろよぉ」
「お、おう!頼むぞ」
フウのヘッドスピン暴風を止められるのも操作できるのもレイアだけ…その初期設定を覚えている者はいるだろうか。合体技を持つフウレアはこの時だけ心が通い合い一心同体となれる…いつしかのJJLのPPCでの設定がここでも生きている。レイアはフウのヘッドスピンを操作しながら屋敷を脱出することに成功した。
「キシぃ、宇宙船パイロットなんだからエアカーの免許くらい持ってるでしょぉ。カオルとフウ、なんとかこのエアカーのドアこじ開けてぇ」
「ラジャー!!」
運よく鍵の付いたエアカーを発見しフウとカオルの馬鹿力で窓を割り、そこからロックを外して中に滑り込む。追手がくるあと一歩のところで発車に成功した。