「うぎゃあああああああああ誰だ逆噴射ボタン押したのはああああああ!!!!小惑星に衝突する!!!衝突するううううううううううううううううううううううううう」

「落ち着いてキシ君!操縦桿握ってて、エネルギー管理は俺がするから!!あ、カオル、手が開いてたらこっちの操作手伝って。俺の言う通りにすればいいから」

「俺朝メシ作るのに忙しいんだけど」

「緊急事態だから!宇宙の塵になったら朝ご飯どころじゃない!手伝って!」

「仕方ねえなあ…」

朝からカミセブン号はてんやわんやだった。逆噴射ボタンが何故か作動して航路を大きく反れ小惑星帯に突入しようとしていた。キシ君の死にもの狂いの操縦とフウの適切かつ俊敏なアシスタントとカオルの渋々の補助でなんとか事無きを得たころ、目をこすりながらレイアが起きてきた。

「なんの騒ぎだよぉ…うるさくて熟睡できなかったじゃん」

「さては…」

キシ君が問い詰めるとレイアはあっさりと逆噴射ボタンを触ったことを認めた。ゴミ箱を蹴っとばした時に当たった気がする、とのことだ。そういえばゴミ箱がそこに転がっていた。

「だってムシャクシャしてたんだもん。楽しみにしてた体育会水泳部のロケがまさかの中止でさぁ…れあたんの久々のでかいお仕事でそれを楽しみに毎日生きてきたのに残業帰りにこれ聞かされた作者の心境を思えよぉ。『こんな嫌な世の中滅びてしまえ…』って帰り道でガチで呟いたんだからなぁ」

「意味分かりません!一体どこの世界のなんの話をしてるの!そんなことよりあれほど走行中に逆噴射ボタン付近はいじるなと言っておいたでしょーが!!あやうく俺達みんな宇宙の塵になってガチのお星様になるとこだったんだぞ!レイアだってそういう意味でスターになりたいって言ったんじゃないでしょ!」

「逆噴射ボタンはいじってないだろぉ。蹴ったゴミ箱が当たっただけだろぉ」

「屁理屈を言うんじゃありません!今回の対応で半月もつはずの燃料がもう底を尽きかけてるんだぞ。予想外の中継星に降りることになるしただでさえ経済状況厳しいのにどうするんだよ」

「まあまあキシ君…レイアには俺からよく言っておくから…れあヲタ全土が哀しみに暮れている今何を言っても…」

おろおろしながらフウがレイアの擁護に回るがキシ君は今日という今日こそはきちんと厳しく言っておかないと命が幾つ会っても足りないとそれを撥ねる。

「フウは黙ってなさい!そろそろレイアにもきつい教育が必要です!これは遊びじゃないんだぞ!一歩間違えば命を落としかねない重大な任務なんだからそろそろ自覚を持たないと!」

「水泳部ロケがなくなった時のれあヲタの悲壮パワーに比べればなんぼのもんじゃいだよぉ。ビッグバンが起こって宇宙が塵となっても『んなことより水泳部ロケ』って即答だろうよぉ。負のパワーで都庁くらいは沈められるよぉ」

「だから水泳部からちょっと離れなさい!これは違う世界のお話です!今日こそは許さない!反省しないんだったら次の星で降りてもらう!」

「…」

レイアは頬を膨らませて寝室に閉じこもってしまった。カオルが用意したアメリカンブレックファーストにも手をつけずずっとむくれている。

「キシ君、やっぱり俺見てくる。レイアはすぐに機嫌直るけど今回はちょっと時間長すぎるから…」

「う、うん。頼む」

さっきは怒りに任せて怒鳴ってしまったがカオルの作ったアメリカンブレックファストを食べ終えるとようやく神経が落ち着いてきて少し言いすぎたとキシ君は後悔しかけていた。こんな時潤滑油になってくれるフウの存在が本当に有り難い。

「まーでも悪いのはレイアじゃん?正直宇宙の塵になるのは俺もごめんだし反省してもらった方がいいんじゃね?」

デザートのパンナコッタをもぐもぐやりながらカオルが呟く。

「まあそうなんだけど…反省してそれが活かされる性格でもないからなあ…」

「フウがカミセブン号のクルーとして欠かせない存在なのはなんとなく今日の手際を見てたら分かるけどレイアの役割って何?操縦手伝うでもなく掃除するでもなく食事は俺が作ってるし毎日漫画読んでゲームしてきゃっきゃ言ってるだけだしなんの道楽で雇ってんのか時々不思議だね。経済状況逼迫してるんだろ?」

「う…それはまあ…そうだけどレイアだけ降ろしたらフウが哀しむしそれでフウまで降りてしまったら元も子もないし…」

「なんだそりゃ。フウにいてほしいからレイアも置いてるってこと?」

キシ君は自分でもこんがらがってしまって分からない。レイアは役にたつどころか今日みたいな事態をちょいちょい招くからメリットなんてほぼない。それは分かりきってることだが改めて問われると益々分からなくなる。

そうこうしてるとフウが困り顔で戻って来た。

「ダメだった…。すんごいむくれてて俺も入れてくれない。今回のはかなり根が深そうで…普段はすぐケロっとしてきゃぴきゃぴするのに…」

「え、ウソ。そんな怒ってんの?」

ちょっとびびってキシ君は寝室前のドアを控えめに叩いた。咳払いを一回してから穏やかな声を意識して呼びかける。

「あー…レイア?お腹すいてるだろ?まだカオルの作ったアメリカンブレックファーストが残ってるから食べたら?スクランブルエッグフワフワで超美味しかったよ?紅茶も淹れたから…」

しかし返事がない。扉の奥は静まり返っていて物音一つしない。

「レイア?いつまでも拗ねてないで…拗ねれあたんとかれあヲタしか喜ばないよ?ほっぺプクーもいいけどそろそろ出てきたらどう?俺も言いすぎたからさ。次から気をつけてくれればいいよ。体育会水泳部もいつかきっと陽の目を見ることになるだろうからそう悲観しないで…」

だけども返事がない。一向に何の音もしない。

まさか…まさか中で自らの過ちに制裁を加えようと命を絶ってしまったのでは…キシ君の頭の中に次々と最悪の事態が沸き出でてくる。いてもたってもいられずドアを力いっぱいに連打した。

「レイアああああああああああああああ馬鹿な真似はよしなさい!ちょっと叱られたくらいで…だいたいお前は何があっても舞台上でアイドルスマイルを崩さないプロアイドルれあたんだろおおおおおおクヨクヨするのはよせよって千年ナントカでも言ってたじゃないかあああああああああああ開けてえええええええええええ」

けれどやっぱりドアは開かず、生存確認のためフウが中に入ると「なんか良く分かんないけどブツブツ言いながらスマホで調べ物してた」とのこと。一応最悪の事態は免れそうだがそれから次の星に着陸するまでレイアは寝室から出てくることはなかった。

 

 

「おいおいなんかとんでもなくでかい宇宙船ばっかじゃね?なんなんだよこの星」

栗まんじゅうを口に入れながらカオルは呟く。

宙港に降りると碇泊している宇宙船はどれもこれも規格外に大きくて立派なものばかりだった。旅客用の宇宙船ではないプライベートシップ、それも超巨大なものばかりだ。

「カミセブン号がおもちゃに見える…なんなのこれ…なんかの記念日なの?」

キシ君はびびりながら手続きを済ませた。気のせいか宙港を行き交う人の身なりもどことなく高級感溢れている。燃料補給に立ち寄るだけだからよく調べていなかったからどんな星なのか今更ながらに気になった。

「えっと…なになに、「カネモ星」…全宇宙からセレブが集まる高級中継星で宇宙旅行を楽しむセレブのための高級ホテルや各種パーティーが毎夜いたるところで行われており…なるほど…」

観光インフォメーションセンターで星の概要を聞き、妙に納得する。つまりはお金持ちの保養所みたいなところなのか…あまり大きな星じゃないからてっきり田舎星なのかと思っていた。

「まあ長居は無用だね。燃料補給だけしてさっさと発とう」

そうして燃料スタンドに向かったところ、キシ君たちは顎を外す。

「…なんでそんな法外な値段なの…?」

燃料の値段が通常の10倍近くに跳ね上がっている。いくらなんでもおかしい。カオルがみたらし団子を咥えながら店員に詰め寄ると不思議そうな顔でこう返ってきた。

「こちらで用意しています燃料は全てハイクラス宇宙船のものですので…」

どうやら普通の燃料は置いていないらしい。そうなるとなかなかにピンチだ。燃料を補給しないと発てない。だけどこの値段だとカミセブン号は破産する。どっちに転んでも破滅…究極の選択を迫られていた。

「どうしよう…どうしよう…どうし…」

キシ君がリアル「考える人」のポーズで悩みに悩んでいるとフウがキョロキョロしながら呟いた。

「あれ…レイアどこに行った…?」

 

 

キシ君達が燃料スタンドに到着する大分前にレイアはもう別行動に出ていた。宙港の入口の掲示板を熱心に眺めて吟味している。

「お金持ちの保養星ってのは良く分かったよぉ。だったらやることは一つだよぉ」

目星をつけるとレイアは宙港のブランドショップに入る。すぐさま店員がやってきたがレイアの身なりを見て怪訝な表情だ。しかしそれも予想済みである。

「ちょっと気まぐれで庶民の格好して歩いてみたんだけどぉもう飽きちゃったから僕に似合いそうな服見つくろってぇ」

「左様でございましたか。少々お待ちくださいませ」

店員は笑顔に戻ってスタイリストを呼んだ。ちょび髭を生やした40代前半のダンディスタイリストはレイアを上から下まで舐めまわすように眺めながらイメージを膨らましている。湿っぽい視線だったがそんなものは慣れっこだ。

「いや実にお美しくていらっしゃる…踏まれてみたい…じゃなくてこの横顔の輪郭なんかパーフェクトラインですね…白いお肌も眩しくて高貴な気品に満ち溢れて…神が与えたもうた美そのものですな。スタイリストの腕が鳴ります」

「ええ昔から可愛いって100万回くらい言われ…じゃなくてぇいやだぁおじさんお上手ぅ。そんな褒めてもらうほどじゃないですよぉ去年のJr大賞「いちばん美形」部門でもトップ5逃して6位でしたから全然大したことないですぅ」

「いや本当にお美しい…ではこのお召し物など…」

スタイリストのおっさんが品定めをしてとある服に手を伸ばすと、もう一つにゅっと手をそれに伸びた。

「ん?」

見るとスラっとして鼻の高い眼光鋭い同い年くらいの美少年がいた。スタイリストは彼を見てその手を引き、かしこまる。

「これはこれは…アム様。ご来店ありがとうございます」

「どうも」

アムと呼ばれた美少年は軽い挨拶だけを交わしてその服を手に取る。スタイリストはレイアの接客をほったらかして彼の接客を始めてしまった。どうやらお得意様のようだ。

「お一人でございますか?いつもお世話になっております」

「まあね。ちょっと鬱憤晴らしに買い物でもしようと思って…あ、これとこれ。これも貰おうかな」

「毎度ありがとうございます」

まるで駄菓子を買うみたいに店内の高級服を値札も見ずにその美少年は大量の買い物をして行く。レイアが呆気に取られていると目が合った。

「なんだ君は?随分面白い格好だな。それどこの星の流行りだ?」

「あ、アム様。この方は…」

スタイリストが説明するとアムは大笑いをした。

「気まぐれで庶民の格好か。面白いな。今度俺もやってみよう」

「…」

「ところで、どこの星から来たのか知らないがここはメンズブティックだぞ。レディースはあっちだから気をつけるんだな」

半笑いのアムにレイアはカチンときた。

コイツ分かっててからかってる気がするよぉいけすかない金持ちのボンボン臭がするよぉそっちがその気ならこっちも黙っちゃいないよぉ。よぉし…

「そっかぁ勘違いだったよぉ。ブティックだと思ったらピラミッドだったよぉ。あ、違ったよぉ高い鼻だから間違えちゃったぁ」

「…」

アムの顔が変わる。数秒睨み合った後、店員が大量の紙袋を抱えてやってきた。

「ご苦労。後で受け取るから店の奥にでもしまっておいてくれ」

「かしこまりました」

もう一言何か言ってやろうとレイアが息を吸い込むとブティックに黒い服を着たガタイのいいグラサン男たちがぞろぞろと入ってくる。彼らはアムの元に駆け寄った。

「アム様、勝手に出歩かれては困ります。我々がお叱りを受けることに…」

「ちょっと一人になりたかったんだ。常に人に囲まれてたら頭がおかしくなりそうだったからな。気晴らしになるかと思ったが変なのに出会って…。まあいい。ここで買ったもの奥にあるから持って来てくれ」

「かしこまりました。ええとどこに…」

「あ、こっちですぅお手伝いしますぅ」

レイアはSPに紙袋を渡すフリをして1着だけくすねておいた。さっき嫌味を言われた慰謝料ということにして宙港のトイレで着替えを済ませ、目的を遂行することにした。

 

 

「ねぇちょっとレイアどこ行ったの!?宙港の迷子センターに連絡した方がいいかな…?」

キシ君達は駆けずり回ってレイアを探したが見つからない。宙港で呼び出しをかけてもらったがレイアはいつまでたっても現れなかった。

「どうしよう…どこに行ったんだろう…」

フウは動揺している。さっきから幾度となくヘッドスピン態勢に入ろうとしているのをキシ君は必死で止めた。こんなところで回られたら大騒ぎになってしまう。

「案外ふてくされてカフェでお茶してるかもよ?飲食店探してみよーぜ。腹も減ったし」

カオルの提案でレストラン街に入ったがやはりどこもここも高級店ばかりでキシ君たちのような身なりでは逆にかなり目立つ。それに、レイアはお金を持って行ってないはずだ。

「俺が今朝あんな怒っちゃったから拗ねて出て行っちゃったのかな…」

「いやーでもキシ君は当たり前のこと言っただけじゃん。悪いのはレイアだし。それこそ逆ギレだろ」

せんべいをバリボリやりながらカオルは冷静に突っ込む。まあそれもそうだがあのむくれ方は尋常じゃない。それだけに嫌な予感しかせずいてもたってもいられない。

とりわけフウはいよいよ精神的におかしくなってきた。

「レイアがいなくなったら…どうしよう…そんなことになったら俺…」

「大丈夫だってフウ!レイアは勝手にいなくなるような子じゃ…なるような子だけどいやそういうことじゃなくて案外平然として戻ってきてお腹減ったぁとかって呑気なことのたまってええとそれでそれで…」

キシ君はフウを落ち着かせようとしたが自分にも動揺が走っているので上手くいかない。そしてカオルが追い打ちをかける。

「もうカミセブン号のクルーじゃなくてどこぞのセレブに飼われて金持ちジジイの慰みものか愛人にでもなるつもりなのかな…必殺おっさん虜ビームでも使って」

「やめなさいカオル!レイアはその気になれば童貞なんて簡単にだまくらかすことのできる娼年まがいの真似をしてたこともあるけどそんな金持ちジジイの愛人だなんて…そんなそんな…」

「あああああレイアがセレブジジイのペットになってジジイがドMで『れあたん、オジさんのこと踏みつけてこのイノブタがぁって罵ってくれ』だの『なんで頭そんなにハゲ散らかしてんだよぉキモイんだよぉって罵声を1時間ずっと浴びせなさい』だのプレイ要求されて毎日毎日SM三昧だなんて…そんなことになったら俺はもう…!」

「フウやめろおおおおおおおおおそんな想像するなああああああ画像がちらついてどうしようもなく興奮…じゃなかった心配になるだろおおおおおおおおおお」

「レイアが…レイアが…」

フウがカタカタ震えだした。ヤバい。いよいよヤバい。宥めるべきか一刻も早く逃げるべきかキシ君は迷う。まだフウのヘッドスピンの威力を知らないカオルは呑気に明太子おにぎりをぱくついている。

「うわあああああああああああああレイアああああああああああああああああああああああああああああ」

「ぎゃあああああああああああああああああああやめろおおおおおおおフウううううううううううううう」

とうとうフウは回りだした。空気が唸る。超巨大ハリケーンの到来だ。この星は明日にはもう荒野に…

キシ君が白目を剥きながらお星様になりかけていると、突如歓声が起こる。

「スバラシイ!!スバラシイ芸ダ!ワンダホー!!」

拍手と共に現れたのはおよそ人間離れしたへちゃむくれのオッサンだった。恐らくオーダーメイドしたであろう特殊なサイズのスーツに身を包み、趣味の悪い帽子を被って葉巻を咥えている「いかにも」な風体だ。周りには警護らしき屈強な男どもが囲んでいる。

「キミ達ハドコノ芸人ダ!?ゼヒ今夜のパーティーデミンナニ見セテヤロウ!!」

「へ?」

キシ君たちはあれよあれよという間に変な乗り物に乗せられ、どこかのお屋敷へと運ばれてしまった。