「うわあああああああああ神宮寺いいいいい岩橋いいいいいいいい颯うううううううううううもう会えないかと思ったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
岸くんは岩橋と神宮寺、そして颯と感動の再会を果たした。離れていたのはほんの何時間かだがまるでもう何十年も離れていたかのように思えるのは自分が生死の境を彷徨ったからだろう。
「岸くん大げさすぎんぞ。全く世話かけやがってよー」
「神宮寺何もしてないじゃん。でも良かった。岸くんが無事で」
颯は涙ぐむ。そして傷だらけで何故か着替えをしていた岩橋はお腹を押さえながらソファにぐったりと身を沈めた。
「お腹痛い…とんだ大冒険だったよ…。もう家に帰りたいよ…」
しかし室内の時計を見るともう10時近くになっていた。安堵感もあり空腹が訪れる。そういえば持っていたお菓子を夕方に食べて以降何も口にしていない。
「世話んなったついでで悪いんだけどよ、泊めてくんね?こんだけ広い家なら余った部屋くらいあんだろ。雑魚寝でいいからよ」
神宮寺が挙武に言うと、彼はやれやれと肩をすくめる。
「何故僕がそこまでしてやる義理がある?見つかり次第出て行くとさっき約束しただろう?」
「おいお前には人情っつーもんがねーのかよ!情けは人のためならずって学校で習わなかったのかよ!」
「それが人にものを頼む態度か?」
挙武と神宮寺が睨み合っていると、颯が間に割って入る。
「挙武くん、厚かましいのは百も承知だけど…俺達には他に頼れる人がいないんだよ。お願い、一晩でいいから泊めて下さい」
「…」
挙武は口をつぐむ。それを見て、それまで傍観していた嶺亜がぼそっと呟いた。
「すごいね、颯…だっけ?挙武を黙らせるなんてぇ…」
「勝手にしろ。ただし無礼を働いたら即刻追い出すからな」
ぶっきらぼうに言い放つと、挙武は部屋を出て行く。嶺亜もそれに倣ったが部屋を出る直前に岸くん達の方に向き直って
「…ごめんね。挙武は素直じゃないからぁ…」
と一言だけ言って出て行った。入れ替わりに使用人らしき老婆が現れて岸くん達を案内した。軽い夕食も用意してくれて、ようやくひと心地ついた。
「どうなることかと思ったけど…生きてて良かったよー…あの後さー…」
岸くんは恐怖体験を皆に語った。あわや棺桶に閉じ込められかけたこと、物凄い剣幕で怒られたこと、その家の兄弟の兄に逆恨みで暴行を受けたこと…
「僕は親切な中学生がね…」
岩橋も二人の中学生に助けてもらったことを語った。お礼もろくに言えずここに連れてこられたが明日どこかで会ったらお礼を言わなくてはならない。服も借りたし…
「いけすかねー双子だよな。今時和服で生活してるとか何時代かっつーの」
神宮寺が吐き捨てるように言うとまあまあと颯が宥めて
「そんな悪い人でもなさそうだよ。なんだかんだ泊めてくれてるし…俺達が招かれざる客なのは事実だしさ」
「お前はいい奴だなー颯。俺はダメだわ。背中が痒くなるあの喋り方。もう一人の女みたいな奴もダメ」
「さ、俺は風呂貸してもらおうかな。もう汗だくすぎて早く洗い流したいし」
岸くんは立ち上がってさっき教えてもらった浴室までタオル片手に行った。まるで旅館のように広い。何人家族か知らないがこんな広さに意味があるのか。金持ちの考えることは分からない。
浴室もまるで旅館の大浴場のようだった。曇りガラスの向こうが暗いからもしかしたら露天風呂なんてシャレた
作りだろうか。風呂好きの岸くんは俄然テンションが上がる。
「やっほー!!おじゃましまーっす!」
意気込んで戸を開けようとすると、すでにほんのわずかに開いていた隙間から露天風呂の真ん中に人が立っているのが見えた。
「…!」
岸くんはどきりとした。後ろ姿だったし体つきが滑らかで肌がびっくりするほど白かったから女の子が入っていると思ったからだ。
その白さに、影のような薄い痣が浮かんでいる。
その形は、蝶のようにも龍のようにも見えた。不思議に思って見とれていると振り返ったその人物と眼が合ってしまう。
嶺亜だった。
「あ…嶺亜…だっけ?ご、ごめんね、誰も入ってないと思って…」
岸くんはどぎまぎとする。男だと分かっていてもこの色の白さと妖しい色気になんだか血液の循環が促された。
「…」
嶺亜は岸くんを睨んだ。羞恥と困惑と嫌悪、その他幾つもの苛立ちに似た感情が含まれている。岸くんはただ頭を下げるしかない。
「ごめんなさいごめんなさい!ほんと覗くつもりもやましい気持ちもないんです!ただお風呂に早く浸かりたかっただけで…!」
言い訳と謝罪を展開していると、嶺亜はさっさとあがって行ってしまった。まるで覗きか痴漢にでも遭ったかのようにばたばたと脱衣所に駆けて行く。岸くんは自己嫌悪に陥りながら湯に沈んだ。
月が雲に隠れている。明日は天気が悪くなりそうだと天気予報が言っていた。このところあまり当てにならない予報だが湿っぽい匂いがそうなることを予感させた。
窓の外に広がる闇を嶺亜は見つめる。その闇に山が溶け込んでいる。小さな山だがこれさえなければその向こう側が見えるのに…と恨めしく睨んだ。
「残念だったな。今日はあっちこっちでアクシデントだ。全くなんでこんな時によそ者が紛れ込むんだか」
振り返ると、挙武が立っていた。険しい顔で虚空を睨みつける。
「恵のところにも紛れ込んでたんだねぇ」
「らしい。あの、岸とかいう大げさに泣き叫んでいた奴だ。恵がお前に会えなかった腹いせにボコボコにしたそうだ」
皮肉めいた笑いを挙武は浮かべた。
岸…その名前と顔を想い浮かべて、嶺亜は目を細めた。
「どうした?」
「…さっき、お風呂に入ってたらあの子がいてぇ…見られた」
挙武は片眉を吊り上げた。だがすぐに元の冷静な表情に戻る。そして嶺亜の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。よそ者が分かるわけがない。ただ、何かの拍子に言い触らされでもしたら厄介だからやっぱり彼らには早くこの村を去ってもらった方がいいな」
「うん…」
頷くと、挙武は後ろから嶺亜を抱き締める。痛いくらいに力がこめられていて、嶺亜は挙武の胸中が伝わってくるようで胸が痛んだ。それを察したのか挙武はこう囁いた。
「お前のことは俺が守ってやる。だから心配するな」
「うん…でも挙武…」
「分かってる。無駄かもしれない。だけど…」
挙武は震えている。その手を嶺亜は握った。
闇の向こうで、何かが蠢いた気がした。運命に翻弄される自分たちを、嘲笑ったかのような歪みだった。