「っだだだだ大丈夫。みんな練習通りにやればいいだけだから、だからききき緊張しないで、平常心平常心…」

「おいおい岸くんが一番緊張してるっつーの。伝染するから喋んない方がいいぞ」

文化祭当日を迎え、岸は誰の目にも明らかなくらいに緊張しまくっていた。呆れた神宮寺からツッコミを受けて、蹲りながら掌に「人」の文字を書いて飲み始めた。そんな岸の姿を見て生徒達は逆に緊張がほぐれていく。

「全く…ガブリエルをやり遂げたとは思えないな。ああ神宮寺、玄樹、録画頼むぞ」

「おう。任せとけよ」

神宮寺と玄樹は講堂の撮影スポットでHDDビデオによる撮影係を任された。カメラを持って二人でスタンバイに向かう。

客の入りは上々だった。900人入る講堂の78割は埋まっている。神宮寺達は撮影スペースの通路前の席に座った。

「皆、そんなに緊張してる感じしないね。嶺亜も大丈夫そうだし、颯なんか凄く落ち着いてるし」

「だな。色々あったけど無事終わりそうで良かったな」

ビデオ機を三脚に設置して、ズームその他の機能の確認をする。そうこうしているうちにアナウンスが始まった。

「次は、3-1による生誕劇です。イエス・キリストの生い立ちを僕たち3-1が一丸となって演じ上げます。最初は上手くいかず、やる気もいまいちでしたが次第に結束力も生まれ…」

幕が立ち上がり、拍手が起こる。まず初めはBGMの聖歌のオルガンと共にマリアとヨセフが歩くシーン…本来ならばマリアにも幾つかセリフがあるが、それをナレーションが読み上げる。

「ねえねえ、あれって全員男なんでしょ?あのマリアの衣装着てるのも男~?」

今日だけは外部から人が訪れるから、中には女子もいる。彼女らは男だけの劇をきゃっきゃと見入っていた。

「ナザレの村に住むマリアはその夜、天使による受胎告知を受けます。その天使の名はガブリエル」

ナレーションと共に、ガブリエルに扮した颯が出てくる。跪いたマリア…嶺亜はそのガブリエル役の颯を見上げた。

ガブリエル…颯がマリアにすっと手を差す。

前奏が鳴った。

神宮寺は玄樹と顔を見合わせて微笑む。颯の歌を聴いたら観客は皆魅了されるだろう、と…

「御使い ガブリエル マリアに…」

「?」

会場が俄にざわついた。神宮寺も玄樹と顔を再び見合わせる。順調に歌い出した颯だが…

「なんで…なんで声が…?」

途中から声が出なくなってしまった。伴奏だけが流れ続ける。観客もこれが演出なのかどうか分からない様子で戸惑っている。

「どうしたんだ、颯…?」

後奏が終わる。ガブリエルは退場しなくてはならないが、颯が動けないでいる。見上げる嶺亜の表情も戸惑いを隠し切れていない。

「挙武…?」

挙武が舞台袖から現れ、颯の肩を抱えて退場させた。それから暫くの間はガブリエルの出番はないが、最後近くの天使達との歌にも彼は登場しなかった。そしてガブリエル不在のまま、幕は閉じる。

「一体どうしたんだろう…緊張したのかな…」

「分かんねえ…あんなに練習してたのに…」

撮影を終えて、神宮寺と玄樹は急いで待機室へ駆け付けた。

しかしそこに颯の姿はなく、嶺亜の姿もなかった。