目覚めるとすでにルームメイトの颯はいなかった。ここのところ自分の方が早く起きていたが今朝は少し寝坊をした。単純に疲労が蓄積されていたからだろう。くしゃみが一回出た。
身支度を整えて、嶺亜は食堂に向かった。すれ違う何人かが少し腫れ物を触るような視線を向けてくる。栗田の訃報はもうすでに知れ渡っているようだ。
食堂に入るとすぐ側の席で神宮寺と玄樹が朝食を摂っていた。ちょうど今日玄樹の停学が解ける日なのだろう。彼は制服を着ている。
「嶺亜、おはよう」
気遣うような挨拶を玄樹はしてくる。だが嶺亜はその瞳を直視出来なかった。適当に返して朝食をカウンターで受け取り、誰も座っていない離れた席でそれを口にする。今朝は豚汁と秋刀魚の塩焼きと小松菜のおひたしだったがあまり味は感じなかった。
ふと横を見やると、3席ほど離れた席で谷村も朝食の最中だった。目が合う。が、向こうが逸らす前に嶺亜の方が早くに避けた。何故か今は谷村の顔も見ることができない。
自分でも不思議なくらい、色んな感情が渦巻いている。栗田がもうこの世にいないことで、何かが壊れたのか、それとも別の何かに侵入されたのか…
分からないまま嶺亜は礼拝堂に向かった。8時25分に始まる礼拝に出席するべく扉を開け、中に入る。
「…」
目の前に、微笑むマリア像が視界に入ってくる。そこにぼんやりと幻が浮かんだ。
「ギャハハハハハハハハハハ!!!どーよれーあ!マリア像登頂だぜギャハハハハハハハハハハ!!!」
悪ふざけでマリア像に登って、その後しこたま怒られてあわや退学になりかけたのに、全く気にせず『次は十字架に登りてーなギャハハハハハハハハハハ!!!』と言っていた栗田の姿が
だけど栗田はもういない。
それは、受け入れることが出来ないくらいに耐えがたい現実だ。だけど…
『失ったら、また探せばいい。お前が思っているほど世界は狭くない。だって現にお前は栗田に出会えたんだから』
昨日の岸のその言葉が、嶺亜に現実を少しずつ受け入れさせようとしていた。今こうしていつもと変わらぬ生活を送ろうとしていることこそがその証明だろう。
岸が美術準備室に来なければ、ペーパーナイフを自分の喉に刺していたかもしれない。あの時の自分は何をしでかすか本当に分からない状態だったから。
だけど今、自分は生きている。生きてこうして前を向こうとしている。
それを確認すると、嶺亜はやらなくてはならないことを整理した。そしてそれはすぐに弾き出される。
まずは颯と話さなくてはならない。
嶺亜は、礼拝堂の中にすでに着席しているであろう颯の姿を探した。