「えー…今日から一緒に学ぶ岸優太くんだ。みんな仲良くしてやってくれ。ほい、岸の席はそこ」

岸くんは挨拶もそこそこに席につく。今日からまた新たな高校生活が始まるのだ。希望に胸を膨らませていたが…

「あぁ…昨日のぉ」

ふと隣の席を見て岸くんはひっくりかえりそうになった。昨日の雪女…じゃない幽霊…じゃない魔女…と呼ばれている神宮寺達が言っていた子が座っていた。

確かに足はある。だけど白い。白すぎる。背景の白い壁に同化してしまいそうに白かった。これでは見間違えるのも無理はない。

「転校生だったんだぁ。ふーん」

興味なさそうに呟いて魔女っ子は教科書をめくった。

「おい、関わるなよ。ホルマリン漬けにされるぞ」

反対側の隣は神宮寺だった。彼が耳打ちする。が、小声ではないのでしっかりと耳に届いているようで世にも恐ろしい絶対零度が飛んでくる。岸くんはちびりそうになった。

「童貞をホルマリン漬けにしてもなんの材料にもなんないからぁ…早く脱・童貞しなよねぇ」

「うっせ。俺の神聖な貞操はそれなりの相手じゃないと捧げらんねぇんだよ。満月の夜に清らかな衣を纏った美女と俺は初めてのちぎりを交わす予定なんだからな」

「はぁん。寝言は寝て言いなよぉ。衣が好きならエビフライでも食べとけばぁ?エビフライ大のモノしか持ってないくせにぃ」

「あぁ!?誰がエビフライだぁ?俺のコレはマックス時はフィリピンバナナ級だぞコラ!ヒィヒィ言わせてやろうかぁ?」

「笑いすぎてヒィヒィだよぉ…エビフライどころかポークビッツだもんねぇあははぁ」

凄まじい憎まれ口の応酬に岸くんは面喰らった。机を挟んでこのバチバチ合戦に早くも汗をかいているとチョークがとんできて岸くんの額に命中した。

「コラァ!神宮寺に中村ぁ!!授業中だろうがぁいい加減にせんかぁお前らはいつもいつもいつも…そんなに俺の授業はつまらんかあああああああああ!!!!」

激昂した教師は次々にチョークを投げ付けるがそのすべてが岸くんに命中し、岸くんの額は粉まみれになった。

こんな変なクラスでやっていけるのかな…と嫌気がさしながらの昼休み、食堂の購買部にパンを買いに行ったが凄い人だかりだ。それでも何か買えるだろうと思っていたのだが…

「えっとーいつものコロッケパンとやきそばパンとコッペパン二つ、それとプリンデニッシュとあんぱんとフレンチトーストとカレーパン三つ!!」

前に並んでいたぽっちゃり系の生徒が根こそぎ買って行ったもんだからパンは売りきれてしまった。残っているのはグリンピースおにぎりしかなく、岸くんはこの世で一番グリンピースが苦手な為泣く泣く諦める。

失意のうちに教室に戻ると神宮寺が岸くんに焼きそばパンをさしだした。

「今朝は悪かったな岸くん。まーこれは俺の奢りだ。遠慮なく食え」

「おお…ありがとう」

神宮寺ってけっこういい奴なのでは…と岸くんは簡単に食べ物で釣られる。それをモグモグやりながら羽生田と岩橋と共にランチタイムを過ごした。

「まぁ岸くん、この二人に挟まれたのは御気の毒だが三日で慣れるだろう。あと二日の我慢だな」

羽生田は高級そうな漆塗りのお重の箱を開けながら冗談めかした。

「まあ嶺亜も悪い子じゃないんだけどちょっと変わってるから…」

岩橋はピザをもぐもぐやりながら言う。たった今宅配で届いたらしい。

「そうだ、岸くん放課後空いてる?」

神宮寺がカレーパンを頬張りながら訊いてきた。

「え?なになになんかすんの?俺野球なら昔やってたから得意だけど」

「え、岸くん野球得意なの?僕もだよ。巨人と阪神どっちが好き?」

岩橋が目を輝かせて野球話を始めるが神宮寺は「そうじゃねーよ」と首を振った。

「実はよ…今日はこの古文書の示す場所に行ってみようと思ってな…凄くね?俺らで神様呼び起こすんだぜ?こいつはロマンだぜ!」

「古文書って…室町時代に藁半紙とサインペンなんてあったっけ…インチキ臭いなあ…」

「インチキじゃねーよ。まあ室町時代は言いすぎだけどよ、この学校ができて直後ぐらいのもんじゃね?えっと確か去年創立80周年だったよな?」

岩橋は羽生田に確認を取る。

85年だな。まあ昭和初期の神様か…どんなもんだろうな」

「神宮寺、その古文書にはなんて書いてあるの?」

岩橋に訊かれて、神宮寺はその古文書とやらを机の上に広げた。

それは文字ではなく、分かりにくい乱雑な絵と地図のようなものが記されている。中央に7体の人型のイラストが描かれていた。他のページも同様に訳の分からないイラストや地図、そしてひどく崩された字体が並んでいる。

「これがこの学校の敷地内のどっかだってことは間違いないんだ。その場所さえ突きとめりゃあ神様が復活する…神7復活だぜ!」

「短絡的だなあ。なんでこれが神様?神宮寺、漫画の読み過ぎじゃない?」

「おいおいバカにすんなよ。俺はなんの根拠もなしにこんなこと言ってるわけじゃねーんだよ。これ見ろ」

神宮寺は今度は古びた書物を取り出す。それはえらく朽ち果てていてボロボロで墨で文字が刻まれていた。これは相当に古いものだと思われる。

「社会科教室の資料だけどちょっと拝借してきた。この学校にまつわる伝説みたいなもんが書き綴られてる。ほれ、ここの部分」

神宮寺が指で示した部分にはこう書かれていた。

『放課後に集いし楽人たちが、神達を再び呼び起こすだろう。7体の神はその時長い間の呪縛から解き放たれる』

古ぼけている上に崩したような字で読みにくいが確かにそう書かれている。岸くんは藁半紙とその書物を見比べた。

「な、面白くね?ちょっくら探してみようぜ!!」

岸くんは他にやることもないし、やきそばパンの恩義を返すべく付き合うことになった。