午後六時を数分後に迎える頃、翻訳は全文の半分程度にまで進んでいた。谷村が単語の一つ一つを訳し、それを颯が書き起こして推測しながら文章化する。黙々と二人が作業を進める横で、郁が帰りの遅い岸くんの心配をしていた頃、着替えた彼が現れた。

「あれ、岸くん着替えなんか持ってたっけ?」

郁が問うと、岸くんはやや疲れの見える顔でこう答えた。

「いやぁ…それがちょっとアクシデントがあってずぶ濡れになってさ。これ神宮寺の借りて来たんだ」

「アクシデント?」

「うん…」

岸くんは、神宮寺と道祖神の道へ行こうとして急に彼の様子がおかしくなったことを語った。村の人の車で岩橋家に送り届けて落ち着かせた後、自分もここまで送ってもらったという。

「神宮寺がねえ…なんか思い出すことでもあったのかな。何かが引き金になってさ」

「俺もそう思った。自分のこと何も覚えてないのにずっと『兄貴…ゴメン』ってうわごとみたいに謝ってた。あいつに兄貴がいて、その人に謝らなきゃいけないことをした、とかかなって…。でもとても聞き出せる状態じゃなかったし着替えさせてベッドに寝させるのが精一杯だったんだ」

「へーそっか。俺たちも岩橋医院に戻ろうと思ったけど、颯と谷村が翻訳の途中だし、もうあそこに閉じ込められる理由もないからここにいようってなったんだよな。栗田は嶺亜くんと一緒に背分神社に行ったけどまだ戻ってこない」

「そっか…そうだな。今から岩橋医院に戻ったんじゃ夜になってしまうもんな。雨が凄いとはいえ、やっぱ出歩くのは…怖いな」

それから岸くんは、颯達の文章化した翻訳の成果を聞きに行く。難しい顔で二人はお互いの画面とメモ帳とにらめっこしていた。

「どう?なんか分かった?」

「うん…今はこんな感じ」

颯はメモ帳を岸くんに見せた。

「星からの怪物が人に宿りし時…その血が捧げられ…怪物は受け継がれる…星の瞬きと共に…火を灯し…邪を祓い…再び遙かなる星へと帰還…外からの侵入者…こんなところ」

「ふうん…だいたい民話集と似たような内容なんだね。でもこの『再び遙かなる星へと帰還』ってのが気になるな…」

「うん。俺もそう思った。民話集にはない内容だし。それとこの侵入者ってのと繋がると思うんだけど…」

岸くんと颯があーだこーだ推測を飛ばし合っていると谷村がぼそっと呟く。

「…灯籠…」

「え?」

「これ…この単語…火を灯す所って意味になるんだけど…それって灯籠のことかなって思って」

「灯籠?ああ、確かこの教会の入り口にもあったような…」

「どっかにもなかったっけ?」

郁も加わり、皆で記憶を探り合う。教会の他にも見た気がした。それは…

「岩橋医院にもあったな。後は…あ、そうだ。学校でも見た!」

岸くんはポン、と手を叩く。皆も「ああ」と記憶が繋がった。

「まだ他にもあるかも…嶺亜くんが帰ってきたら聞いてみよう。そろそろじゃないかな」

颯がそう言ったとほぼ同時くらいに、教会のドアが開く。

「あ、おかえ…どうしたの?」

栗田が、嶺亜を抱き抱えるようにして入ってきた。